吉田敦彦『日本神話の源流』


日本神話の源流 (講談社学術文庫)

 タイトル通り日本神話のルーツを探ってみようという本。もともとは1976年に講談社現代新書で出版されたもの。日本の神話は南方系と北方系に大別できるが、それ以外にもさまざまな起源をもつ諸々の要素を含んでいるよ、そして決定的な影響を与えているのは、印欧系文化に源流を発する神話なんだよ、という主張がなされていた。印欧系の神話ってのはつまりギリシア神話なのだ。オルペウスとイザナギの冥界下りの話なんかの類似性が指摘されていて、似たような話っちゃー似てるけど、そんなもん、どこにでもあるんじゃねーのと思っていたら、スウェーデンのフルトクランツという学者の研究が、そんな疑問を打ち砕いた。

亡妻を上界に連れ戻すため、冥府を訪問した夫の冒険を主題とした説話は、日本とギリシアを除けば、ポリネシアと北アメリカのただ二つの地域に限って濃密に分布している。しかもこの夫の企てが失敗に終わったとされている話は、日本とギリシア以外では、北アメリカの原住民の伝承中にしか見られない。いいかえれば、このように冥府で主人公が禁止を破ったために亡妻を連れ戻すのに失敗したという話根を含む、狭義の「オルペウス型神話」は、実は旧大陸においては、ただ日本とギリシアにだけ見出されるのであり、したがってこの話がこれらの両地域において、主人公が違反する禁忌の具体的内容まで正確な一致を示すということは、従来一般に認められてきたよりは、ずっと特異な類似と見なされるべきものなのである。

 んで、アマテラスとデメテルの類似とかも指摘したあと祭司的機能、戦士的機能、食料生産的機能を代表する神々を持つという印欧語族の古い文化に固有のイデオロギーに日本神話を代入するとキッチリ成立するよなんて話が書かれていたりして、それはそれで面白いと思ったのだけど、それよりも印象に残ったのが、引用された神話の数々。
 たとえばポリネシアのマウイ神をめぐるエピソード。

 マウイには祖母があり、彼の兄たちが運ぶ食物によって養われていたが、彼らはあるときこの務めを怠り、祖母の食物を自分らで食べてしまった。マウイが、兄たちに代わって食物を持って祖母のところに行ってみると、彼女は病気になり身体の半分はすでに死んでしまっていた。マウイはこれを見て、瀕死の祖母の下顎の骨を毟り取り、それで釣針を作り、これを隠し持って家に帰った

 瀕死の人間の顎の骨を毟り取るって……。兄たちもひどいけれど、マウイさん、止めをさしているような。で、復讐譚になるのかと思っていると、翌日、兄たちが魚釣りに出かける時、マウイはカヌーの中で待ち伏せして、沖に出たところで、

隠し持っていた例の釣針を取り出し、自分の鼻を打って出した血を、餌の代わりに付けて、釣糸を海中に下ろした。

 なんじゃそりゃ!

するとすぐに巨大な魚が食いついた。マウイが糸を引き上げると、海底から大魚の形をした陸地が釣り上げられた。

 可愛そうなおばあさんの恨みはどこへ?
 マオリ族の神話も面白い。

タネ神はある時配偶者を欲しいと思って、土で女の形を造って生命を吹きこみ、これと交わってヒネという娘を生ませ、このヒネが成長するのを待って彼女を自分の妻にした

 何年がかりだろう。
 しかもヒネはあとで夫が父親であることを知って、恥ずかしさで自殺して、地下の国の偉大な夜の女神になったりする。
 西アッサムのガロ族の神話も凄い。

むかし、トウラ山の娘シメラと、ブラフマプトラ河の息子のシングラが結婚し、ガロ族の婿入婚の慣習にしたがい、シングラが妻の家にきて住んだ。しかしシメラは料理がへたであったので、シングラには妻の作る食事が喉を通らなかった。空腹に耐えかねたシングラは、飢餓帯を腹に巻きつけ、母のブラフマプトラ河のもとに帰った。そして母の面前で飢餓帯をほどくと、そのまま空腹と疲労のため絶命してしまった

 河激怒して洪水を起こすんだけど、空腹という最高のスパイスをもってしても、喉を通らないシメラの料理の中身が気になる。
 中国も凄い。蓬莱などの神山についての「列子」湯問篇から。神山は海に浮いているから、世界の果てまで流されてしまうのではないかと天帝は心配した。そして、グウキョウという神に命じて十五頭の大亀を集めさせる。こいつらの上に山を載せて安定させるわけなんだけど、一頭では疲れ果てるので、まず十五頭を五頭グループ三つに分ける。それでグループA,B,Cが入れ替わりに山を載せるから、亀も疲れ果てないねってことになるんだけども、一交代の期間は六万年
 もう一個中国から伏義(ふくぎ)と女媧(じょか)の兄妹話を。
 ふたりは大洪水で人類が滅亡したあと、生き残った唯一の兄妹だった。やがて兄は妹に結婚を迫るようになる。女媧ははじめ申し出を拒んでいたが、兄があまりにしつこく要求するので、ついにやむをえず、

「わたしを追いかけて、もしつかまえられたら、あなたの妻になります」
 といって、大きい樹のまわりを駆けめぐった。伏義は一生懸命女媧の後を追って駆けたが、妹の足が速くてどうしても追いつけなかったので、一計を案じ、逆まわりに駆けてついに彼女を捕まえた。こうして二人は夫婦になったが、まもなく妹が生んだ子は、一塊の肉の玉であった。 

 どれもこれも良い味出してるよなあ。

日本神話の源流 (講談社学術文庫)