万歳三唱のはじまり

『日本歴史故事物語(下)』という本がずっと本棚の肥やしになっていて、スペース空けるために処分しようかと思い立ち、念のため目次を眺めてみたところ、「万歳三唱のはじまり」という小見出しが目に留まったので読んでみた。だってそんなもんのはじまりなんてわかってると思わないじゃないか。
 この本によればはじめて万歳三唱がなされたのは1889年2月11日だという。その日は帝国憲法発布の日だったそうな。で、明治天皇が代々木練兵場で観兵式を行うことになっていた。

 そこで、東京第一高等中学校(後の旧制一高)では、生徒一同、宮城前で、お迎えしようではないかということになった。しかし、ただ並んでお迎えするのではもの足りない。外国には、フランス語なら「Vive la France!」とか英語なら「Save the King」とかみんなが叫ぶことばがあるが、日本にはない。
 大学の先生たちが集まって、天皇にたいしてあげる歓呼の声はないものかとよりより協議したあげく、経済学の和田垣謙三(わだがきけんぞう)博士が提議した「万歳 万歳 万々歳」に衆議が一決した。
 しかし、生徒がいっせいに大声を出して天皇の馬車の馬がおどろいてはいかんと宮内省にあらかじめ連絡した。
 当日、馬車が二重橋をでた。高らかに万歳の声があがった。第一声である。ところが馬がおどろいて棒立ちになり前足をバタバタやりだした。第二声は小さい声になり、第三声「万々歳」は唱えられなかった。かくて万歳だけが唱和の声として残ったという。

 新しかったのね、万歳って。この話の出典が書いてないからよくわからないのだけども、フランス、イギリスの例を引いて考え出したのに、出来上がったものが何を称えているのかわからなくてロシア語の「ウラー」(意味はよく知りません)みたいな感じになっているの、すげえわが国っぽいと思ってしまった。比較的トップダウンだったのか(ぼんやり読むと「生徒一同」が「お迎えしよう」って言いだしたように読めなくもないけど、うしろとの兼ね合い見ると先生たち主導で学生動員したんだろうね)ってのは、まあそんなもんかもしれんって感じで、やってみたらうまくいかなくて尻すぼみってのはありがちな話に思える。
 ともあれ、起原がわかってるなんてかなり意外。この本を処分するのは読んでからにしようと考えなおしたのだった。


日本歴史故事物語 下 (河出文庫)