『三陸鉄道死神が宿る』

三陸鉄道 死神が宿る (徳間文庫)
辻 真先

4195688949
徳間書店 1989-10
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by G-Toolsisbn:4195688949

トラベルライター瓜生慎と愛妻・真由子のおしどり探偵コンビが、またまた厄介な事件に巻きこまれた。原稿の締切が延びたのをいいことに、ふたりは廃止になったばかりの日中線を見に出かけたのだが、終着熱塩駅のがらんとした駅舎で背広姿の男の死体を発見してしまったのだ。ところが、現場検証に立ちあうと、死体は女性にすり替っているではないか。頭を悩ませる名探偵…。長篇トラベル・ミステリー。

 ということでトラベルライター瓜生慎シリーズ第6弾。男の死体が女の死体に変わったり密室殺人が起きたりする。
 これのノベルス版が出た前後のスケジュールを調べて見る*1と、こんな感じ。

巨神ゴーグ1 1984.09.29 朝日ソノラマ ソノラマ文庫
グレムリン映画ストーリーブック 1984.10.8 講談社 講談社X文庫
レンズマン1 レンズマン誕生 1984.10.11 講談社 講談社X文庫
犬墓島-迷犬ルパンスペシャル- 1984.10.20 光文社 光文社文庫
旅は道づれ死体づれ 1984.10.25 中央公論社 C☆NOVELS
三陸鉄道死神が宿る 1984.11.30 徳間書店 トクマノベルズ
寝台超特急ひかり殺人事件 1984.12.05 講談社 講談社ノベルズ

 かなりタイトなスケジュールのせいか、時刻表の書かれたくだりに「21時12時発」という不思議な誤字がある*2。12時21分発なのかな。
 この本を読んで知った豆知識。辻作品を読んでいて、第三セクターという単語がイマイチ分からないでいたのだが、本作で解説がなされていた。公営でも民営でもない第三の経営方式のことで、大抵は地方自治体が運営しているらしい。
 豆知識その2。昔、中央線の神田とお茶の水のあいだに万世橋という駅があった。昔の中央線の起点は飯田町という駅だった。それと隣の牛込駅を合併させて作られたのが、現在の飯田橋であるらしい。
 豆知識その3。カードキイが話題になったきっかけはワシントンホテルによる大々的な採用だった。
 と、お勉強にはなったけれど、トリックなどはあんまり。
 そういえば「犬墓島」で競演した文英社の新谷が本作でも顔を出している。「この作者の小説にちょくちょくコマーシャルが入るのは、ながらくテレビの脚本を書いていたことと、関係がありそうだ。」などと作者の弁が述べられているけれど、俺としては「ブーゲンビリアは死の香り」あたりから顕著になってくる登場人物たちのシリーズを越えた再登場を、辻版人間喜劇の幕開けだと考えたい。ハリウッド〜手塚治虫という経路で辻真先もキャラクターバンクシステムを採用しているのは、もちろん分かるけれど、手塚的キャラクターバンクシステムと辻真先のキャラクター使い回し法の違いは、過去作品を歴史的事実として後続作品が言及するところにあり、読み続けた読者は徐々に辻世界とでも呼べる広大な設定を理解するようになる。
 これは作者の側なら一層そうであるはずで、本作などもどうして殺人事件が起こるのかと言えば、それは瓜生慎の話を書くのに殺人が必要だから、という以上の理由はほとんどない。本作では初めて瓜生慎の書いたもののファンが現れ、彼が徐々に名前を知られてきていることなどが書かれている。そうした慎の成長をこそ作者は書きたかったのではないだろうか。辻真先はダメになった、という論のほとんどが多作のうちにトリックの水準が下がっていったと言っている。確かに本作もトリック水準で考えたなら、分かりやすい。でもそれはダメになったということなのだろうか。自分には作者の興味が変わっていっただけのようにも思われる。というのは、推理小説としては褒められたものではない本作が、案外楽しく読めたためにそう思ったわけなんだけど。

*1:http://www.hagimoto.com/の辻作品リストを参照した。

*2:文庫版60ページ