ピョートル・クロポトキン 幸徳秋水訳 『麺麭の略取』リリース

 ピョートル・クロポトキン(Wikipedia)の話を森元斎『アナキズム入門 (ちくま新書)』で読んでいたときに、略歴になんか見覚えがあるなあと思い、何で読んだ話とリンクしてるんだろうと考えたら、かつてKDPしたこれ

で「ペートル、クラポキン候」と書かれていた人物だった(この人の脱獄は同書クライマックスのひとつ)。
 だもんだから、にわかに勝手な親しみを覚え、代表作だと書いてある『相互扶助論』なんかも見つつ、言及署名をポチポチ検索していくと、本書『麺麭の略取』はなかなか入手しにくい状況にあることがわかった。いや、ほんと言うと『麺麭~』も『相互~』も両方出しちゃえと思っているので、入手しやすいしにくいってのは言い訳かもしれない。何しろ『アナキズム入門』で無政府主義の聖者とか言われている人物の代表作を『相互扶助論』なら大杉栄が、『麺麭の略取』なら幸徳秋水が訳しているのだから、それだけでどっちも覗いてみたくなる。きっとほかにも覗いてみたくなる人がいるはずだってことで作業を始めた。底本は『幸徳秋水全集第七巻』。内容はウィキペディアにもまとまっている。
ja.wikipedia.org
 底本そのままの旧字体だとKindle内蔵辞書が機能しないので新字新仮名に直した。一部漢字は開き、ルビも増やした。個人的には国名や通貨単位が漢字なのは当時の趣があって好きなんだけど、志のままで「シリング」と読めというのは厳しいように感じられ、とはいえルビを振ると前後が開きすぎるっつーことで、通貨単位についてはカタカナに改めた。なら国名も独逸じゃなくてドイツのほうが一貫してるよなと思いつつ、そうすると露国みたいな表記はどうする? となって、触るのをやめた。地名も触らなかった。巴里を「パリ」と読むか「パリー」と読むか、みたいなとこに自信が持てなかったからである。ルビは「パリ」で統一したんだけどさ。
 タイトルの「略取」は辞書を引くと「力ずくで奪い取ること」とあるので、物騒なイメージだけども、原題La Conquête du Painのconquête は「征服、獲得」の意味で、内容的にも「いかにしてパンを行き渡らせるか」がテーマなので、『麺麭の獲得』とかのほうが正確だったかもしれない。ここはちょっと誤訳気味に思った。まあしゃあない。
 文語文なのでちょっととっつきにくいかもしれないけれど、数ページ読むとなれてくる。なれてしまえば案外普通に読めるのは、幸徳のリズム感がいいからなんだろう。一個だけ気をつけなきゃいけないのは、「しかも」の用法で、現代語の「しかも」は「おまけに」の意味なんだけど、幸徳は「おまけに」のほかに「しかし」の意味でも「しかも」を使っているので、前後を見て順接か逆説か判断しなきゃならない。要するに「しかも」を今の「しかも」で読んだら続きのつながりかたが変だぞってときには、「しかも」を「しかし」の意味で読み直してねってこと。たとえば第三章に、

彼れは言(いっ)た、「銭さえあれば、余は余が要する一切の物を買い得るのだ」と、しかもこの人の考えは謬(あやま)っていた、

 こんな例がある。この「しかも」を「おまけに」の意味で読んでも意味が通らない。「しかし」「だが」で読む必要がある。第五章の

遂にコンミュンはその失策を悟って、共同の賄(まかない)所を開始した、しかも余りに遅かった、

 これも同じパターン。この「しかも」の使い方だけ頭に入れて、わからない単語で困ったら内蔵辞書使うようにすれば、内容的にはすんなりと頭に入ってくるように書かれた良書である(もっとぶっちゃけると、単語レベルでわからなかったら各漢字見てプラス評価かマイナス評価かだけあたりをつけてそのまま進んじゃっても理解という意味では大したダメージはないと思う。気楽に進んでほしい)。
 世の中厳しいわあってなったときの処方箋として「才覚でのしあがる」(ひっくり返せば自己責任ってことだ)ばかりが喧伝されるけど、世の中のほうを変えてやれという方向を見るやり方もあり、そのなかには「そもそも政府っている?」という考え方もある。そう言われれば当然「政府がなくなってどうやって世の中動かすんだよ、バトロワかよ」と思うわけだけど、そうはならないやり方もあるんだというのが、本書でクロポトキンが説いている内容である。十九世紀末の考えがそのまま現在でも当てはまると思うのは虫が良すぎるだろうけど、自己責任論以外の考え方が見当たらなくなりかけちゃってる今だから、こういうのを叩き台に使ってそこから考え始めるのは有効かもしれない。
 お値段は480円にしてみた。キンドル・アンリミテッドに登録していれば追加料金なしで読める。ってことで、よかったら覗いてみてね。

 

津原泰水『小説教室』言及人名・作品名索引

 津原泰水の『小説教室』を読んでいて、なんとなくあったら便利じゃあるまいかと思ったので、言及されている人名と作品名を拾ってみた。数字はKindle版が出してきたページ数なので、紙版と厳密に一致していない可能性がある。作品名の前後に著者名・監督名がある場合には人名の項目の下に言及作品を並べた。拾われた通りの表記を使っているので、たとえば「アインシュタイン」や「バルザック」はファーストネームがないし、ヒチコックは「アルフレッド・ヒチコック」と「は行」ではなく「あ行」に入っている。伊藤計劃と円城塔合作の『屍者の帝国』は二カ所に登録した。五十音順だけども、トールキンやバラードはアルファベットから始まる表記だったので「アルファベット」のカテゴリーも作った。著者名・監督名なしでただ作品名だけの言及作品は「作品名のみ」のカテゴリーに入れた(ただし、『ロミオとジュリエット』は別の箇所にシェイクスピアの名前があったのでそっちにくっつけた)。電子版があるんだから本文検索すりゃいいじゃんというのはそのとおりなんであるが、これだけ言及作品があるなら、そっちから津原が何を言ったのかって興味の持ち方もありそうだなというのが「便利」の中身。まあ、名前出してるだけってとこもあるし、特に「作品名のみ」のところは固有名詞がなんかの比喩みたいに使われている感じがあるので言及作品への興味から覗いて期待が満たせるかどうかは保証の限りじゃないなって作成してから思ったんだけど、もう作っちゃったし、せっかくだから公開する。付録的に採録されたいくつかのエッセイ、解説、書評についてはチェックをかけなかった。それらで取り上げられているのはジョナサン・キャロル、佐々木丸美、三島『文章読本』、伊藤&円城『屍者の帝国』である。津原泰水は昔、ツイッターでアンナ・カヴァン『氷』を「完璧な小説」って呼んでいた記憶があったのだけど、意外にも言及されていなかった。
 半分くらい読んだとこで「津原泰水『小説教室: 忘れられない小説を書く』 - U´Å`U」を書いちゃったので、全部読み終えた時点の感想をもっかい書くかどうかは考え中。もっと長生きして、これの第二弾とか出してほしかったなあ。


  • アインシュタイン 199
  • アガサ・クリスティ 177
  • 芥川龍之介 24
  • 東浩紀 117
  • 綾辻行人 28,41,42,116
    • 暗黒館の殺人 42
    • 殺人鬼 42
    • 十角館の殺人 42,116
  • 荒俣宏 100
  • アルフレッド・ヒチコック 14
    • サイコ 14

アストリッド・リンドグレーン 16

    • やかまし村*1 16
  • 池田満寿夫 28,85
    • エーゲ海に捧ぐ 85
  • 池田理代子 15
    • ベルサイユのばら 15
  • 泉鏡花 92,93,94,95,96,115,118,129,133,136,155,188,191
    • 高野聖 93,94
    • 天守物語 129,133,134,155
    • 日本橋 92
  • 伊藤計劃 170
    • 屍者の帝国 171
    • セカイ、蛮族、ぼく。 170
  • 井上ひさし 92
  • 忌野清志郎 59,189
  • ウィリアム・アイリッシュ 112
  • ウィリアム・バロウズ 135
  • ヴェルヌ 199
  • 宇山日出臣 28,41
  • 円城塔 171
    • 屍者の帝国 171
  • 王貞治 72
  • オードリー・ヘップバーン 163
  • 大森望 36,117,185,189,199,200
    • NOVA 185
    • NOVA2 185,187
    • NOVA10 185
  • 尾崎翠 90,91
  • オスカー・ワイルド 18
    • 幸福の王子 18
  • 乙一 123
  • 恩田陸 187

  • カート・ヴォネガット 200
    • スローターハウス5 200
    • タイタンの妖女 200
  • 開高健 68,128,129
  • 片岡仁左衛門 159
  • 金子國義 28,115,129,197,198,203
  • 川上弘美 79
  • 川端康成 24,85,135,168
    • 浅草紅団 41
    • 浅草祭 41
  • 北見隆 76,77
  • キャンベル 199
    • 月は地獄だ! 199,200
  • 京極夏彦 28
  • 曲亭馬琴 188
  • 桐野夏生 30
    • OUT 30
  • クシシュトフ・キェシロフスキ 77
    • デカローグ 77,78
      • ある殺人に関する物語 77,78
  • 倉橋由美子 20
    • 暗い旅 20
  • 栗本薫 96,97,172
    • 絃の聖域 96
    • グイン・サーガ 96,172
    • ぼくらの気持 96
    • ぼくらの時代 96
  • 黒澤明 143
    • 生きる 143
  • コーネル・ウールリッチ 112,162
    • 喪服のランデヴー 112,162
  • 近藤ようこ 185
    • 五色の舟 185

  • 酒見賢一 100
    • 後宮小説 100
  • ジーン・ケリー 160
    • 雨に唄えば 160
  • シェイクスピア 164
    • じゃじゃ馬ならし 164
    • ロミオとジュリエット 156
  • ジェイ・マキナニー 20
    • ブライト・ライツ、ビッグ・シティ 20
  • ジェームズ・M・ケイン 135
    • 郵便配達は二度ベルを鳴らす 135
  • 志賀直哉 70,71,85
    • 国語問題 70
  • 澁澤龍彦 37,198,199
  • 島尾敏雄 50
    • 死の棘 50
  • 清水博子 102
  • ジョン・ヒューズ
  • ジョン・レノン
  • 新庄剛志 72
  • 鈴木輝一郎 123
  • スタンリー・キューブリック 160
    • 時計仕掛けのオレンジ 160
  • スティーブン・キング 104,110,111
    • キャリー 110
    • ザ・スタンド 110
  • 清少納言 63,64
    • 枕草子 63,64

  • 高橋源一郎 100
    • デビュー作を書くための 超「小説」教室 100
  • 高橋睦郎 115
  • 太宰治 187
  • 田中康夫 167
  • 谷崎潤一郎 24
  • 近松 133
  • 筒井康隆 36,76,119,123,137,138,139,195
    • 最後の喫煙者 119
    • 薬菜飯店 137
  • 津原泰水
    • 赤い竪琴 21,165,166
    • 11 33
      • 五色の舟 36,155,183,188,192,193,194,195,200
      • 延長コード 33,34,35,36
      • 土の枕 170
    • エスカルゴ兄弟(文庫名『歌うエスカルゴ』) 12,87,91
    • 綺譚集 97
    • 安珠の水 97
    • たまさか人形堂(シリーズ。初期タイトル人形がたり、『たまさか人形堂物語』『たまさか人形堂物語それから』) 11,14,29,41,124
      • 小田巻姫 111,124
    • たんときれいに召し上がれ 32,44,47,137
    • バレエ・メカニック 17,22,27,30,31,166,178,201
    • ペニス 7,123
    • 幽明志怪(シリーズ『蘆屋家の崩壊』『ピカルディの薔薇』『猫ノ眼時計』) 11
      • 甘い風 11
    • 妖都 27,40,115,203
    • 琉璃玉の耳輪 90
  • 鶴屋南北 130,133,159
    • 絵本合法衢 159
    • 四谷怪談 130 
  • ディーン・R・クーンツ 105
    • ベストセラー小説の書き方 105
  • ティム・バートン 24
  • デヴィッド・リンチ 58
  • 手塚治虫 15
    • リボンの騎士 15
  • 徳川慶喜 69
  • 飛浩隆 17
  • ドビュッシー 137
  • ドリフ 14
  • トルーマン・カポーティ 114

  • 中井英夫 32,33
    • とらんぷ譚 33
      • 鏡に棲む男 32,33
  • 中島梓 96
  • 中島らも 189
  • 夏目漱石 35,45,188
    • 夢十夜 35
  • 野坂昭如 92
  • 野村萬斎 159
  • 法月綸太郞 20
    • 二の悲劇 20

  • 萩尾望都
    • バルバラ異界 178
  • 花村萬月 123
  • バルザック 106
  • ハンス・ベルメール 37
  • ピーター・ジャクソン 144,145
    • ロード・オブ・ザ・リング 144
  • ビートルズ 131
    • Beatles for Sale 132
      • No Reply 131
  • 久生十蘭 136
  • 樋口一葉 45
  • 福沢諭吉 69
  • フランツ・カフカ 24,81,135,150
  • ブルース・ウィリス 156
  • ポール・オースター 104,116
  • ポール・ニューマン 149
  • 星新一 117,188
  • ボブ・ショウ 182
    • 去りにし日々、今ひとたびの幻 182
  • ボブ・ディラン 59
  • ボリス・ヴィアン 35

  • マイクル・コーニイ 200
    • ハローサマー、グッドバイ 200
    • ブロントメク! 200
  • マイケル・J・フォックス 20
  • 舞城王太郎 27,118,126
  • 前島密 69
    • 漢字御廃止之議 69
  • 町田康 92
  • 松任谷由実(荒井由実) 159
    • 悲しいほどお天気 159
  • マルキ・ド・サド 106
  • マルセル・プルースト 81
    • 失われた時を求めて 81
  • 三浦しをん 139
  • 三島由紀夫 81,82,83,85,92,191
    • 文章読本 81,85,92
  • 湊かなえ 182
    • 告白 182
  • 宮部みゆき 187
  • 武者小路実篤 61,126
  • 村上春樹 60,61,75
  • 村上龍 39
    • 13歳のハローワーク 39
  • 森有礼 70
  • 森鴎外 58,60.92,94
    • 寒山拾得 92
    • 牛鍋 58
    • 高瀬舟 58
  • 森光子 14
  • モンティ・パイソン 161

  • 八代亜紀 159
  • ヤマザキマリ 14
  • 山田風太郎 26
  • 由美かおる 14
  • 夢野久作 75,150
  • 夢枕獏 26
    • 陰陽師 26
  • 横溝正史 136
  • 四谷シモン 37,38,44,124,199

  • ル・グウィン 201
    • ゲド戦記 201
    • 闇の左手 201
  • レーモン・クノー 20
    • 文体練習 20
  • レーモン・ラディゲ 81
  • ロアルド・ダール 131,155
    • 南から来た男 131,143,155
  • ロバート・レッドフォード 149

アルファベット

  • J・G・バラード 17
  • J・R・R・トールキン 18,144,145
    • 指輪物語 18,145
  • RCサクセション 189

作品名のみ

  • 赤毛のアン
  • AKIRA 71
  • 嵐が丘 178
  • アルジャーノンに花束を 201
  • イソップ童話 188
  • 一杯のかけそば 135
  • インベーダーゲーム
  • 巌窟王 112
  • 鞍馬天狗 91
  • 声に出して読みたい日本語 126
  • 古事記 70
  • 今昔物語 72
  • ジョジョの奇妙な冒険 110
  • シンデレラ 140
  • スティング
  • 世界の中心で、愛をさけぶ 165
  • 千夜一夜物語 94
  • 大西洋横断トンネル、万歳! 200
  • ダイ・ハード2 130
  • 忠臣蔵 130
  • トップ・ガン 24
  • NARUTO 71
  • 日本語の正しい表記と用語の辞典 74
  • のらくろ 117
  • ホット・ショット 24
  • マイ・フェア・レディ 163
  • ムーンライト・セレナーデ 178
  • YAWARA! 71
  • ラリーX
  • レ・ミゼラブル 188

日記

mainichi.jp

 外国人の在留手続きにかかる手数料の上限額を引き上げる改正入管法は29日、参院本会議で与党と国民民主、参政など各党の賛成多数で可決、成立した。上限額は在留資格の変更・更新で最大10倍、永住許可は最大30倍となり、実際に徴収される額も大幅な値上げとなる見込み。2026年度中の施行を目指す。

 高市早苗政権が進める外国人政策の厳格化の一環。衆院では中道改革連合と共産党が反対し、参院では立憲民主党と共産は反対し、公明党は賛成した。

 今週って、まず
www.47news.jp

個人情報保護法の改正案が26日、衆院本会議で可決され、衆院を通過した。病気や犯罪歴などを企業が本人の同意なしに収集できるようにしつつ、違反業者への課徴金制度を新設する。規制緩和で国産人工知能(AI)の開発を後押しするとともに、適正な利活用に向けて抑止力を高める狙いがある。

 改正案では、統計作成やAI開発といった個人が特定されない用途に限定して規制を緩和。交流サイト(SNS)などで公開されている情報の収集や、企業が保有する情報の他社への提供で、本人の同意は不要とする。

 対象となる情報には、病気や犯罪歴に加え、人種や信条なども含まれる。これらは「要配慮個人情報」として、現状では取得に本人の同意が原則必要と定められている。AI開発ではインターネット上の情報を大規模に収集するため、個々の同意取得が困難だった。

 これがあり、続いて、
mainichi.jp

インテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔機能を担う「国家情報会議」設置法は27日、参院本会議で与党に加え、野党の国民民主、公明、参政の各党などの賛成多数で可決、成立した。政府は7月にも事務局となる国家情報局を立ち上げる見通しで、さらなるインテリジェンス改革に向け、外国勢力による諜報(ちょうほう)活動などを取り締まる「スパイ防止関連法」や独立した諜報機関「対外情報庁(仮称)」の創設に向けた議論を本格化させる方針だ。

 衆院では中道改革連合が賛成したが、参院では立憲民主党が反対に回った。共産党、れいわ新選組も反対した。

 これがあっての、入管法改正で、ひでえ一週間だなおいって感想。治安維持法の抱き合わせが男子普通選挙法だったの思い出して、あの当時の人のがまだ正気だったかもってちょっと思った。

津原泰水『小説教室: 忘れられない小説を書く』

津原泰水の『小説教室: 忘れられない小説を書く』を読んでいる。今日が発売日で日付変わった瞬間に電子もリリースされたから夜中に購入して半分ちょっと読んだ。
 10年前に見たこの動画

www.youtube.com
で言ってることも冒頭のほうに出てきた(同じものではない)。この動画を見たときに、「うわ、この講義おれも聞きたい」と「やっぱこの人、怖すぎて近づけない」が入り交じって、書籍化してくれと思い、書籍化準備中の話に喜んでいたら津原泰水が亡くなってしまい、あれは幻の企画になったかと残念でならなかったのだけど、去年くらいから「出します」って話が流れてきて、真面目に首を長くして待っていた。で、冒頭の、

 この講座は短編小説に照準を定めてあると同時に、基づくところは一人の職業作家の経験則です。 ですからとうていアカデミックな講義とは言えないんですが、もしこの場に同時代の職業作家の誰かがいらしたなら、これから僕が話していく内容に対して、幾度となく「そうそう、言葉にしてみればそういう作業だよね」と頷かれることであろうと想像しています。
 逆にそんな前線のノウハウに、アマチュア作家や純然たる読者の方々は、ぽかんと口を開けられるかもしれません。インターネット・ウェブには「小説はこう書くべし」という指南が溢れています。曰く、テーマを決め、世界観を構築し、梗概(シノプシス)を書き、筋(プロット)を立て、キャラクター表を作成し、書き出しに凝り、センテンスは短く、適所に心理描写や情景描写を挟み……。
 これらの知識は、決して間違ったものではありません。ある程度の読書経験と、物事をやり遂げる根性さえ備わっていれば、中学生でも「読める」ものが書けるようになってしまう、魔法のレシピとさえ言えるでしょう。
 投稿経験がおありの方は、もしかしたら編集者からも近いことを指導されたかもしれません。しかし職業的に息長く書き続けている作家たちの現場は、まったく違います。

 ってとこで、首を長くして待った甲斐があったと思った。なんか見たことない話が展開されそうな予感である。
 目次を見るとパートは全部で六つ。

  • 着想について語る
  • 文章について語る
  • 人物造形について語る
  • ストーリーについて語る
  • 演出について語る
  • 「五色の舟」を語る

 目次だけ見てもどんなもんかはよくわからないだろうから、アマゾンから作品紹介文を引っ張ってみる。

新しいアイデアなんて、無くてもいい。
オリジナリティなんて、無くてもいい。
キャラ立ちなんて、無くてもいい。
起承転結なんて、無くてもいい。
ただ、読者の心に突き刺さればいい。

あなたもきっと書きたくなる、小説講座の新たなスタンダード

テーマ探しは時間の無駄。アイデアのストックも無駄。キャラクターの紹介文は不要……。「着想」「文章」「人物造型」「ストーリー」「演出」という、小説を書くにあたって不可欠な要素を項目別に語り尽くした講義録に加え、自身の代表作である「五色の舟」の徹底解題を併録する。並ぶ者なき巧手が、小説を書くこと、読むこと、そして語ることに興味のあるすべての人びとに贈る、小説講座の新しいスタンダード!

 これだけ「無くてもいい」が並ぶと、じゃあ何がなきゃいけないのかと思うわけだけど、先生曰く、

 題材は二の次。ではより重要なのは何か。小説の書き手は、どんなことに頭を痛めるべきか。
 結論から言えば、何を書くかではなく、どう書くかです。端的に申し上げて、小説というアートは「いかに書くか」に、その全てがかかっています。

 なので、この講座は「いかに書くか」を具体的に示すという方針で書かれている。でもってその語り口は柔らかく、ときに半笑いを含んでいる。ご本人が「僕が日ごろ読書していて、いまひとつぱっとしないというか、手ぬるさを感じる作品に共通する傾向として『書いていることを自分で解説してしまっている』があります。ただ『水を飲んだ』で済ませばいいところを、『喉が渇いていたので水を飲んだ』としてあるような文章ですね」と言っているのを反映しているのか「(笑)」とかない*1のだけど、たとえば「お風呂をメインの舞台に小説を書くとしたら」というくだりの、

 題材は確保できました。さて、それを「いかに書くか」。じつは皆さん、その段でもう、あるていど完成図を思い描いていらっしゃるんですよ。「由美かおるは出さない」とか「森光子も出さない」とか。かなり絞れてきました。

 とか、明らかに半笑いだと思う。根拠は上の動画。
 で、これは不世出の天才が惜しげもなく創作手法を開陳してくれるすげえ貴重な本なのだけど、人生の残り時間への言及とか犬の介護への言及とかもあって、本論とは別の貴重さも拾っている感じもしている。
 首を長くして待ち続けていただけに、読み終わるまえにエントリー立ち上げちゃったし、書いているうちにどんどんとっちらかっていきそうな予感がすごいので、そろそろやめないといかんだろという警報が頭のなかで鳴り始めた。取り急ぎ~って感じで放り出すことにする。とにもかくにも出たことが嬉しい、読むのが楽しい。そんな本。

追記2026/06/02 
津原泰水『小説教室』言及人名・作品名索引 - U´Å`Uを作ってみた。

*1:巻末の説明によると「着想について語る」「文章について語る」の章は著者自身による加筆修正のうえ収録し、それ以外の章は講義の音声データに基づき書き起こしたものを、著作権者の確認を経て収録したそうで、結果、中盤から(笑)が残っているのに、この記事書いてから気がついた。

日記

 あちこちで道路が陥没したけど補修費がない、みたいな話題が出るようになってしばらく経つなあと思いながらぼんやりしていて、そういえば、道路の補修ができないって話題、『まんが道』にも出てこなかったっけと連想が進み、記憶を探るに、中公愛蔵版4巻の「あすなろ編」で読んだぞと思い出す。満賀と才野が地元の小さな新聞に載せる漫画を描くことになって才野が道の穴ぼこにつまづくかなんかし、社会風刺だっつって作品化するんだけど、原稿持ってったら新聞社の社長が脱税かなんかで連行されるとこで、でも作品はチェックして面白くないからボツ、みたいな。今から考えると時代は占領下だったんじゃないかと思うのだけど、その頃くらいの貧乏が戻ってこようとしているんだろうか、なんてことをぼんやり思い浮かぶに任せていたら、連想が脇道に入った。まんが道っていまウィキペディアを見てみたら1970年に始まったそうなのだけど、当時の名義は藤子不二雄だ。今となってはこれが藤子不二雄Aの作品なのは著者クレジットでわかるけども、当時は合作だと思われていたりしなかったのだろうかと気になった。というのは、もし合作だと見られていたとしたら、才野茂っていう藤本弘モデルのキャラの名前、藤本本人がつけているみたいに思われるわけで、自分に「才能たくさん」って意味の名前つけちゃうメンタリティって見られた藤本弘は結構面白くなかったんでねーの? これ、今日まで一度も考えなかったんだけど、藤本は『まんが道』について、なんかコメント残してるんだろかね。

日記

 プラ関係の不足が言われるなか、本の終わりも囁かれていて、それを見ているうち、本の絶滅はまだ先だとしても、品数は絞られるよなあってとこから、もともと売れてない海外文学は風前の灯火だと思い、そこで、あれ、そういえばおれ、死ぬまでにジョイスの『ユリシーズ』読もうと思ってたんだった。そろそろ買わなきゃ入手不能になるだろと思い立ち、藤沢へ。
 なくなっていくものってのに意識が向いていたせいなのか、南口の地下道入り口に立って、「誰かに当たる○○円、□□ジャンボ宝くじ」って宣伝してるおじちゃんも、ずいぶんまえからいるなあ、もしかして十五六年はこれやってるんじゃないか、など考え、大変貴重な姿に見えた。金ぴかのハットと銀のジャケットに赤いパンツで宣伝用の看板立ててるあの人だ。たぶん誰も話題にはしないが、駅前名物である。ダイヤモンドビル改修したあとも宝くじ売り場は残るんだろうか。できればいつまでも元気に立っていてほしいと思いつつ地下道へ。ジュンク堂で四冊まとめ買い。セルフレジを初めて使った。あと、靴の片山だった店舗がカバン屋さんみたいのになっているのにも気がついた。ここはビル改修の時に閉まらないんだろうか。

日記

12日にカルビーがパッケージを白黒にすると発表した。
https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-05-12/TEWIGPT96OSH00
インクの供給に不安があるからとのことで、ずいぶんなインパクトがあった。それを受けてXのタイムラインではアイコンをグレースケールに切り替えたアカウントが散見されるようになったのだけども、モニター上の色を白黒に切り替えてインク不足への言及にできるのかどうか、自分としては疑問に思った。ケチをつけたいんじゃなくて世の中こんな反応があったよって記録として書いておく。カルビーのパッケージのことは、ナフサ危機を乗り越えた場合、あのときは大変でしたねって取り上げられる事象になると思うけど、アイコンのグレースケール化なんて誰も覚えちゃいないだろうなと思ったからである。ところで、ブルームバーグの記事が埋め込みにならないのはどうしてなんだろう……。