先月見て面白かった映画

書いとかないと忘れるので。
まずは『ビリーブ 未来への大逆転』

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ルース・ベイダー・ギンズバーグの伝記映画。「国を変えろとは言いません 勝手に変わるからです 国が変わる権利を守ってほしいのです」っていうセリフが印象に残った。で、小柄って設定のギンズバーグを演じる俳優は夫役の俳優に軽々持ち上げられて確かに小さく見えるのだけどデータ見たら160センチ以上あって、じゃあ相手役はいったいとチェックしたら190オーバーだった。トリック。ひょっとしたらセットもデカめに作ってあったのかもしれない。しかし女性のエンパワーメントもののはずでギンズバーグは確かにロールモデルになるんだろうけど、筋を見る限り映画のギンズバーグが活躍できた理由は夫のマーティンが超絶優秀かつできた人間で、メイントピックになる裁判もマーティンが見つけてきていたりする。ので、結果としてパートナー選びで人生決まるって見えちゃうのはちょっとどうなのかという気もした。面白かったんだけどね。

二本めは『ナイスガイズ!』

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ユーチューブで期間限定無料公開という宣伝が目に入り面白かった記憶はあるが何も覚えてないぞってことで見た。でこぼこコンビは最高と思った。パーティー会場での聞き込み場面はどうしてか『キスキスバンバン』を連想した。

最後は『ミッドナイト・ラン』
予告編が見当たらないので淀川さんの解説でも。

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これも一回見ていて、どうもかなり面白がって見たはずだったのにきれいさっぱり忘れてるぞってことで見直した。チャールズ・グローディン演じる会計士が健康志向で口やかましくキャラ立っていた。面白いと思ったのはロバート・デ・ニーロ演じるバウンティハンターともう一人のバウンティハンター、それにFBIとマフィアが四つ巴のおいかけっこを繰り広げ、デ・ニーロがどれかに捕まりそうになるたび別のとこから介入が入って難を逃れるっていうパターンの繰り返しがうまかったとこっぽい。

あとはタルコフスキーの『ストーカー』を一週間くらいかけてのんびり見た。画面がとてもきれいでずっと水の音がしていた。
ビリーブ 未来への大逆転(字幕版)
ナイスガイズ!(字幕版)
ミッドナイト・ラン (字幕版)
ストーカー アンドレイ・タルコフスキー 4Kレストア Blu-ray

日記

駄場裕司『大新聞社』をめくっていたらこんな記述にぶつかった。これぞ伝統と思ったのでメモっておく。

明治一〇年代、自由民権派の反政府的言論に対抗するため、政府部内では、中立的言論の育成が有力な言論政策となった。(略)公然たる政府御用新聞は、その定評の故にかえって影響力の限界があり、 一見、不偏不党的立場をとっている新聞を背後から援助することによって、「人心」を効果的に「教導」しようというのである。
(略)
政府からすれば、反政府的言論と親政府的言論の全面衝突状態、すなわち「多事争論」的状況こそ憂慮すべき事態であって、論争の秩序化、言論の制度化をはかるためには、「不偏不党」、「中立」などと自称する新聞の興隆が、きわめて望ましいことだったのである。p.28-29

朝日が明治政府から援助受けてたって話の背景として書かれた箇所。是々非々とかもこの類例スタンスなんだろね。今ももらってんのかなあ(朝日に限らずなのは言うまでもない)。

 本書がソースにしている有山輝雄「『中立』新聞の形成ー明治中期における政府と朝日新聞ー」の結論部もついでに孫引きしておく。

党派的言論の全面衝突、「多事争論」的状況において「不偏不党」新聞は、過熱した政治関心を冷却し、「多事争論」を秩序化する機能を果たしていった。 特に、自由民権派の反政府言論に対し「中立ヲ仮粧」する立場から批判を浴びせ、民権派言論の鎮静化を促進していったのである。また、朝日新聞は、この間、「勧善懲悪」を主唱する小新聞から「中正」な報道を売り物にする新聞に脱皮し、営業的にも成功していったが、こうした新聞が営業的に反政府的党派新聞を圧倒していくことは、明治政府のめざす国家体制の安定にとっても好ましいことであった。政府側からすれば、「中立」新聞の育成は大きな成功をおさめたことになろう。そして、日本の「中立」新聞はこうした過程をへて形成されていったのである。

 

 

日記

白井智之『人間の顔は食べづらい』を読み出したら、文庫落ちの年が2017年なのに物語の背景に「新型コロナウイルス」の世界的流行が設定されていて、素直に驚いてしまった。すげえな、どうしてこんな単語使おうと思ったんだろう。で、この作品は横溝正史ミステリ大賞の最終候補作だってんで、誰がこれを押しのけて受賞したんだろうと検索したら、『お梅は呪いたい』シリーズの藤崎翔だった。『神様の裏の顔』って言うそうな。なんというハイレベルな回だったのだろう。とまたびっくりした。

 

 

 

 

追記:火事の中クローン助けないとこ、賢しらな理由を喋らせちゃって、むしろこれまで読んだ同じ作者のどんな場面より不快だった。


 

日記

 幸徳秋水が訳しているクロポトキンの『麺麭の略取』を読んでいたら、

彼は墓ない不確かな賃金の為めに其労働を売らねばならぬ

 という文が出てきた。墓がないとはいったい……と、プロジェクト・グーテンベルグで原文を見てみる。

He must sell his labour for a scant and uncertain wage.

https://gutenberg.org/cache/epub/23428/pg23428-images.html#CHAPTER_I

 消去法でいくと「墓ない」はscant でこれは「乏しい」の意味。原文見るまでは「儚い」の当て字(「難しい」を「六つかしい」と書くようなやつ)かなと思っていたのだけど、と思いつつ、儚いを辞書引きしてみると、大辞泉の5つめの語釈が「取り立てていうほどではない。取るに足りない。」とあった。「束の間であっけないさま。むなしく消えていくさま」(いっこめの語釈)の意味しか意識してなかったので、へえーってなった。すぐになくなるイメージから取るに足らないの意味が派生したのかだろうか。でもって「墓ない」って表記は初めて見た気がするけど、賃金にかけるのでなければ、墓がない=すぐさま忘却みたいなイメージだったのかなとかも思った。昔の本のこういう当て字、たまに面白いんだよね。

日記

 白井智之の『エレファントヘッド』にびっくりして『おやすみ人面瘡』も読んでみた。コアの部分はめっちゃパズラー。発動させる設定がなんつーか、人を人とも思わない感じってのが共通点で、しかしそっちへの情熱もあんまり感じないとこが不思議。目一杯作者を買い被って読むなら、倫理観コードがあって見ようとしない経路を使えばこんな解法があるんだよという、新自由主義的発想を物語にしていると思えなくもなく、そう考えるとどっちも謎は解けるけどろくな結末じゃないところに作者の倫理観が反映されているのかもしれない。が、その読みが当たっている場合には、読者信じすぎじゃない? ってケチをつけたくなる。なんともやっかいな作品書くよねえ。設定から考えてるように思えない印象だからこんなふうに思うんだろうか。

エレファントヘッド (角川書店単行本)
おやすみ人面瘡 (角川文庫)

日記

 高市が馬鹿な発言したのがきっかけで中国も強い反応を返してきた。もっとオラつけってのは論外だけど、戦争の危機! とかよりも、これが連立解消の話と同じで高市が後先まるで考えていなかった結果なのが深刻。だってさ、同じおつむが内政も担当してるわけよ。いまそこにある危機って相手方にも意思決定システムの存在している外交より、このおつむが意思決定する内政のほうなんじゃねえか? 労働規制撤廃だの賃金上昇目標後退だの軍事費倍増だのには、外国政府レベルで釘刺してくれるとこがないんだぞ。軍事衝突より国内荒廃のほうが実現可能性断然高い気するんだけどなあ。

日記

マッカーサーの二千日』読んでたら、マッカーサーが大統領候補になるのもやぶさかじゃないとコメントした頃の話が出ていたのだが、妙に既視感のある記述が続いていて少し驚いた。

この日から「マッカーサー元帥を大統領に!」の「日本国民運動」なるものが始まった。「我我日本国民は、マッカーサー元帥が人類の絶滅を防ぎ世界の危機を克服するために合衆国大統領となることを希望するものである」といったたぐいの英文大看板が、二階建のバラックの壁一面を埋めつくす光景が、占領軍の駐屯する主要都市に見られた。胸にマッカーサー支持バッジを飾り、中にはメガホン片手に数寄屋橋のたもとで、「マッカーサー元帥を大統領に」と叫ぶものまで現われた。この話を二十五年経ったいまアメリカ人にすると、「彼等はマッカーサーに日本か出て行って欲しかったのかね」と問い返す人が多いのだが、日本人はそのような洗練された反権力運動は不得手である。運動にたずさわった人々が、本気でマッカーサー総司令官の「栄達」を願ったであろうことは疑いない。p.238-239

まるで日本のトランプ信者みたいじゃない? 本書が紹介してるマッカーサーへの国民からのお手紙みたいのもやたら絶叫絶賛でカルト臭がすごい。昔からこうだったと驚くべきか、敗戦80年でなおメンタリティが変わってないことを驚くべきか。