Paul Auster Travels in the Scriptorium

Travels in the Scriptorium
Paul Auster

0312948409
Holtzbrinck Publishers 2007-05
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 台詞がすべて地の文に書かれているのが特徴の中編小説。ベッドに腰掛けて俯く年取った男、ミスターブランクの描写から始まって、こいつが何者かは分からないけど部屋には一秒に付き一回シャッターを切るカメラが据え付けられていることと、男にはほとんど記憶がないことが説明される。その部屋は病室のようでも監獄のようでもあり、男はどうして自分がここにいるのか考える。そのうち電話がかかってきたり、人が現れて会話をしたりしつつ、ページは進む。
 その一方で部屋の机の上には白黒写真と謎の原稿が置かれていて、それを見たり読んだりもする。原稿の書き手はミスターブランクと同じような境遇に置かれている。一体全体この話はどこへ向かうのか、ミスターブランクの抱えた過去はどんなものなのか。

 正直、これはオースター自身によるファンブックではないかと思う。ダニエル・クイン、ピーター・スティルマン、アンナ・ブルームにファンショーにベンジャミン・サックスらが出て来たり言及されたりするのをくすぐりにして130ページ、ミスターブランクが射精したりお漏らししたり爪を剥がしたり、本を読んだり話を作ったりするのが書かれている。書き出してとほほな気分になってしまったが、それでいて読ませるのが凄いっつーか、しっかり作中作にエンターテインメント性を注いでいるから読めるのかもしれない。こっちは割ときっちり筋が見えるし。オラクル・ナイトでも似たようなことをやっていた記憶があるが、オースターのあらすじだけ出してくる作中作はなんでこんなに面白いのかとまた思った。
 あと終盤出てくるアメリカンジョークが印象に残った。

 ある男がバーにやってきて、毎日スコッチを三杯一斉に注文する。バーテンダーがなんでそんなことをするのか、気になって理由を聞くと「自分は三人兄弟でお互いとても仲が良い。それで俺たちは同じ時間にそれぞれがバーに入って三人分の注文をし、お互いの健康を祈り、三人分のグラスを出してもらうことで兄弟が一緒にいる気分を出しているんだ」と答える。
 ところがある日、男の注文するスコッチの数がふたつになった。バーテンは兄弟に何かあったのか気をもんで尋ねると……。
 オチのくだらなさがたまらなかった。

 他の人の感想でニューヨーク三部作に近いというのを読んだが、確かに断片がふわっと出て来てふわっと消えていく感じは「シティ・オブ・グラス」や「幽霊たち」に近いかもしれない。
 もう一個面白いと思ったのは、作中作の中で、荒野に住む人々を指すPrimitivesという単語が気に入らないとDjiinに変更するところ。軽く辞書を引いてみたがそんな単語は出てこず、なんだろと思って眺めている内、なんとなく「ドジーン」って読めるような気がしてきて、「ならこれ日本語の土人の音写なんじゃね」と頭の中にトンデモ仮説が立ち上がったら、もうそんな風にしか読めず。「sound a little like Injun」って書いてあるので、ドジーンと読めるのかどうかも怪しいが、Djiinが土人を意識していたら面白いな、と思った。