手塚治虫『グランドール』

グランドール (手塚治虫漫画全集 (77))
手塚 治虫

4061086774
講談社 1978-07
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 ふと読み返してみた。おおよそ二十年ぶり。さすがに何も憶えちゃいなかった。そのせいか、妙に面白くてびっくりした。

 物語は文化大革命の北京に始まる。ひとりの日本人特派員が町中で人形を拾い帰国する。こいつは主人公の父親。
 で、主人公の少年哲男は、みんなの意見に合わせるのを信条とする中学生(だったか高校生だったか)なのだけど、ある晩道端に女の子の死体が転がっているのを発見。慌ててお巡りさんを呼んで現場に戻ってみれば、死体は綺麗になくなっていて、残されていたのは人形一つ。これがパパの拾った人形と同じもので、ただ胴体に切れ込みが入っている。哲男はそれを持ち帰りセメダインで修理する。そうしたらなんとまあ、人形が人間っていうか倒れていた女の子に! そしてその子が言うのである、自分はグランドールという人間もどきだ。そして君もそうなのだと。んなアホなと思う哲男しかし人の意見に従うクセがグランドールの証拠だと言われると、自信も揺らぐ。

 グランドールたちによる侵攻計画が進む中、哲男は自らの意志によって主体的に行動できる人間になり、最後には仲間と共にグランドールの計画を阻むべく頑張るようになっていく成長物語。
 自分の意見を持とう。それを守るだけの力を持とうという男の子的メッセージを織り込みつつ、最後まで引っ張られるのが「俺は人間なのか、人間だと思っているグランドールなのか?」というテーマで、もう少しそっちに重心がかかっていても面白かったかなという気もする。

 作中グランドールにならずに済んだのは、空手部の主将だったり、新聞記者だったり、逆にグランドールにされてしまったのは、主婦や教師や会社の重役たち、それから野次馬。ここらへんに手塚の価値観が見えるような見えないような。空手部の主将は最初横暴な振る舞いで主人公の前に立ちはだかるが、中盤から仲間になった。このキャラの扱いを考えると、どうやら情報発信=人間であり、受信専門=グランドールという構図が出て来そう。またグランドールたちの指令はコンピューターから電波で発せられるというのは、なんとも懐かしい感じがした。

 デモが始まってからラストに至る流れも面白かった。グランドールをあぶり出す作戦も、逃げた先で使われた小道具にしてもアイディアがあって、やっぱ手塚は上手いなあと思った。学校に敵が乗り込んでくるのは、今だったら止められたりしそうだったけど。

 ただ真剣に取り組んでいる人と、ただ流されているだけの人での二文法で、後者をグランドールにしてしまうのは、分かりやすくていいけれど、ちょっと乗り切れない感じもした。というのも、そのふたつを分けるのは結局の所自己診断に過ぎないからだと俺には思われたからなんだけれども。しかし「俺の話している言葉は結局誰かの言葉のコピーに過ぎない」なんて始まったら理解されないだろうし、最初からみんなグランドールでしたというオチになっちゃいそうだし、これはないものねだりだな。

 本作が語られているところをあんまり見た覚えはないのだけれど、大衆に罪を突きつける見方は「デビルマン」(1972〜)や「マーズ」(1976〜)よりも早く、なかなか先鋭的な作品だったとは言えると思う。

 文庫もまだ生きているみたいだ。
手塚治虫名作集 (17) (集英社文庫)
手塚 治虫

4087483053
集英社 1995-07
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追記:2017/11/30 キンドル版が出ていることに気づいた。確認時の価格は324円。
グランドール
手塚治虫

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手塚プロダクション 2014-04-25
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