横光利一 機械・春は馬車に乗って

 自分は時折、無性に筋肉少女帯を聴きたくなるときがある。別に全部諳んじているというほど好きなわけではないけれども、進研ゼミのCMソングだった「蜘蛛の糸*1」とか、「小さな恋のメロディ」とか「サンフランシスコ」とか「タチムカウ」とかが好きだ。「サーチライト」という曲は、大学の卒論で全文引用した。……今から考えるとよく指導教授が突っ込まなかったものだと思う。そんな気力も奪ったか?

 まあ、それはともかくとして、そんな筋肉少女帯の楽曲で一番は何? と聴かれるとパッと浮かぶのが「機械」という歌である。発狂した男が全人類を救うため、天使を呼び寄せる機械を作る。しかし男は機械が完成したところで死んでしまう。あとに残った恋人がその機械を空へ掲げ天使を呼ぼうとする。きっと彼女には天使が見えたことだろう。そんな歌詞だ。すげー良い曲なので是非聴いていただきたい(まあ万人受けしないらしいのだけれども)。

 で、本書には著者横光利一の代表作「機械」が収められている。タイトルは同じだが全然違う話なので、当然筋肉少女帯のことなど思い出しもせずにダラダラと思い出したときに読み進めてきた。どれくらいダラダラかというと本書に収録されている「時間」という短篇の感想を書いたのが去年の一月だ。初めて横光利一を読んでみたいと思ったのは、倉阪鬼一郎の「活字狂想曲(amazon)」で、横光利一しか読まない男がいるという話を読んだときからなので、そこから本一冊全部読むまでには十年かかった計算になる。なんというマイペース。自分にビックリ。

 で、読み終わって思ったことなんだが、もしかすると、筋少の「機械」は横光利一を元ネタにしているかもしれない。というのは、「機械」は「機械」と全然違う話なんだけれども、本編最後に収められた「微笑(青空文庫)」という作品が、そこはかとなく筋少の「機械」を思い出させたからだ。「微笑」は作者の分身らしき「梶」という作家と栖方(せいほう)という海軍の天才発明家の戦争末期の交わりを描いた作品。栖方は日本を救う新型光線兵器を発明する(が、本当に作られたかどうかは不明のまま)。この栖方は狂人だと言われているし、それが本当であることを匂わすエピソードも盛り込まれている一方で栖方の話が本当だと分かることもあり、視点人物の梶は判断をしきれない。そして奇妙な話を熱く語る栖方に一抹の共感を示す。栖方の発明した兵器は殺人光線と称され、3000メートル上空の飛行機にまで有効だったとされる。自分だけが日本を救えるという妄想と使命感に囚われた若者の熱狂がぞっとする筆致で書かれ、梶はそれに巻き込まれる。敗戦の報を聞いた栖方は発狂して果てる(ここではじめて発狂が現実のものとして梶には感じられるわけだが、しかしこれが栖方だという確証は梶の実感だけだったりもする)。梶はただ栖方を偲ぶだけである。が、ここでもしも栖方の遺志を引き継いで梶が行動を起こしたら、これは筋少の「機械」そのままのモチーフになるように思われる。発表が昭和23年であることを考えれば、梶は栖方の機械を引き受けるわけにはいかない。筋少の「機械」の彼女は転生した梶が、梶のできなかった行為=機械を空に向けて人の苦しみを消し去ることを果たした姿なのだ(たぶん……もしかしたら……やっぱ無理?)

 なんてことを思いつつ読んだ「微笑」が一番面白かった。特に途中の栖方の言ってることが本当だったり間違いだったりするくだりが、せり上がってくる怖さを感じさせる。それと「時間」を読んだときには気付いていなかったんだけど、この人の日本語はなんかすごく不思議だ。これが新感覚派というものか、と嘘くさく納得もした。

機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)
横光 利一

4101002029
新潮社 1969-08
売り上げランキング : 104826
おすすめ平均 star

Amazonで詳しく見る
asin:4101002029 by G-Tools

*1:歌詞の内容考えるとあり得ないタイアップだった。