伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

ゴールデンスランバー
伊坂幸太郎

B0096PE41G
新潮社 2007-11-30
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 久々に伊坂幸太郎読んだ。まさか面白いとは思わなかった。

 こういうと誤解を招きそうなのでもうちょっと補足すると、ぼくは個人的オールタイムベストの上位を考えるとき、いつも上位にいれるくらい『オーデュボンの祈り (amazon)』が好き(特にあの悪役ね、怖いキャラクターオールタイムベストを作ったら3位以下に落ちることはないと思う)で、読み終わったときには「ああ、小説って面白いなあ」と、めったに感じないような満足感を味わった。十年以上まえの話なんだけど、今でも即座に想起できるくらいの強い感銘を受けたのだ。で、そのときに勢いに乗って『ラッシュライフ (amazon)』、『重力ピエロ (amazon)』と読んでいったのだけど、一発目の味わいほどではなくて、単体で見れば面白いはずなんだけども、偉大なデビュー作のせいで期待値があがっちゃっているんだなあと考えていた。なもんだから、この作者を読んでも『オーデュボン』のときより楽しめたりはしないだろうと思って、新刊を追いかけたりはしなくなった。
 で、話はまだ『ゴールデンスランバー』にはならない。セカンド・インパクトは『砂漠 (amazon)』。何がきっかけで読んだのか覚えてないけど、『オーデュボン』より面白いはずがと高をくくって読み出したぼくはひっくり返された。すっげえ面白かった。とんでもない期待値を超えてくるほど面白かった。謎解きミステリーを放棄していたんで、単純比較が成り立たなかったせいもあるんだろうけど、これまた読み終えたときの満足感たるやもうもうもうというレベルだった(まだ読んでない人は是非!)。
 で、その結果、またしても伊坂幸太郎への期待値が上がってしまった。
 ので、今度こそもはや伊坂幸太郎作品を読んで面白いと思ったりはしないんだろうなあと、少し寂しく思いもした。実際そのあと読みかけた『グラスホッパー』ほか数冊は読みかけのまま放ってあるし、『ゴールデンスランバー』にしても購入理由はキンドルの日替わりセールで安かったからという一点のみ。読み始めたときも端末のなかがごちゃごちゃしてきたので、整理がてら消化しようとかそんな気分でファイルを開いたわけである。単体で面白いかもしれないが、伊坂幸太郎だしなあと。

 あらすじはこんな感じ。  

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない――。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。

 なんだけど、話は職場の元同僚(どちらも女性)ふたりが蕎麦屋で旧交をあたためているところから始まる。片方が二年前の事件の話を振る。襲われたアイドルを助けた配送会社の青年の話。そこへ飛び込む(店のテレビでね)首相爆殺の報。爆薬を積んだラジコンヘリがパレード中の首相を襲った。
 で、あらすじの青柳の話になるのかと思いきや、章立てが「第二部」に変わって舞台はとある病院の大部屋に。入院中の田中くんは首相暗殺のニュースに齧り付く。二日間の事件の進展が綴られる。ここは無茶苦茶退屈で、何度か挫折しそうになった。事件の構図がまんまJFKなのも謎だった(教科書ビルまで出てくるんだもん、やりすぎだよ)。
 それで事件はクライマックスまで語られて、今度は突如二十年後に話が飛ぶ(第三部)。あるノンフィクションライターの文章を引用している感じに当時を振り返って問題点を挙げていく。

 このように、さまざまな人間の口が閉ざされた今、真相については推測するほかなく、せいぜいが、「青柳家之墓」と刻まれた墓石に手を合わせ、「何があったのですか」と訊ねることくらいしかできない。筆者は現実にこの調査原稿を書く前に、森の中にある霊園に足を運び、手を合わせてきた。(略)
 逃げ続けていた二日間、青柳雅春がいったい何を考えていたのか、誰にも分からない。

 という文章とともにノンフィクションライターの記述は終わり、いよいよ第四部「事件」が始まるという構成。読者は、なんだかわからないまま逃げるしかなくなった青柳の運命の遙か先まで知りつつ、彼の逃走劇を目撃することになる……のだが、そこは伊坂幸太郎、嘘みたいに細かいところを再利用して、「え! あれ、そうやって使いまわす!?」みたいな驚きを随所に散りばめているので、段々に読者は青柳の運命をどこまで知らされているのかわからなくなるし、その細かい使い方に驚くたび、確認のため第二部に戻ることになる(このためにあの一見退屈だった第二部があったのだ、たぶん)。そしてうまいこと書かれているのにぎょっとすることになる。この辺は作者の十八番なのだけど、本作ではその特技が遺憾なく発揮され、楽しいことこの上ない。気がつけば夢中になって読んでいた。伊坂幸太郎だしなあとか思ってごめん。
 そびえ立つ絶壁のような期待値を超えてきたのかと言われると微妙ではあるけれど、二部が終わったあとはもう挫折の心配は少しもなかったし、細かいエピソードでの機微とかについて言えば、伊坂作品読んでいるときにちょっと感じる人物の薄さみたいなものは、これまででいちばん感じなかった気がする。そのうえ、そのほとんどが再利用されるのだから、面白くないはずがない。超えちゃいないのかもしれないが、届いているのは間違いない。
 微妙と言ったのは『オーデュボン』と『砂漠』の幸福体験が脳内で美化されていて、そのイメージと幸福体験度を比較しているからじゃなかろうかという気さえする。今三冊まとめて読んだら、これがいちばん面白いと感じる可能性は大いにある。わかりやすい完成度でいったらいちばんうえじゃないかな。あんまり内容に踏み込むと楽しみを奪いそうだから詳しいことは言えないけど。

 余談だけど、作中に出てきたあのゲームはこれでイメージした。これが小説に使われているの、初めて読んだかも。それとも似たようなゲームがあの世界でも開発されたということなんだろか。上の「これ」でイメージしてたキャラクターが喋る問題の台詞も、別のドラマを連想させてくれたりして遊び心たっぷりだった。
 そんな小ネタも込みで、盛大にネタバレしながら喋ってみたい話。登場人物のなかではロック岩崎が好きかなあ。「ヒップホップは聴くなよ」ってなんで? ロックじゃないから。(青柳は「聴けば、意外にいい」と言っている)なんか、パンクかテクノかっていう一昔前のネタを思い出すわあ。 

ゴールデンスランバー (新潮文庫)
伊坂 幸太郎

410125026X
新潮社 2010-11-26
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