神林長平『言壺』

言壺 (中公文庫)
神林 長平

4122035945
中央公論新社 2000-02
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 部屋の奥の方から出てきたので読んだ。第16回日本SF大賞受賞作品の連作短編集。親本は1994年に出たみたい。

万能著述支援用マシン“ワーカム”に『言語空間が揺らぐような』文章の支援を拒否された小説家・解良(けら)翔。友人の古屋は解良の文章の危険性を指摘する。その文章は、通常の言語空間で理解しようとすると、世界が崩壊していく異次元を内包しているのだ。ニューロネットワークが全世界を繋ぐ今、崩壊は拡大されていく……

 というのが本に付されたあらすじだけども、これは冒頭「綺文」の説明にしかなっていなかった。一本目はだいたいそんな話だった。あらすじ見ると主人公は解良みたいだけど、実際のところ、主人公はむしろワーカムあるいは言葉自体といった感じ。
 解良は書籍の形で作品を発表できたためしはなく、すべては「電送版」と呼ばれる形で公開されている。

KAMWOODのような文芸通信出版社に、ワーカムで書いたものを送る。電気信号として送る。コンピュータに感じられるだけの記号として出版社に納められる。客がおれの新作を選んで買ってくれれば、そこでようやく文字になり、小説になる。

 今読むと、すんなり読めるけども、1994年の作品だってところがびびりどころじゃないかと。これ、だってクラウドからデバイスにDLする電子書籍そのものだし。ワーカムにしても、去年話題になった「ものがたりソフト」まんまというか、その先みたいなもので、荒唐無稽感をあまり感じなかった。ほんとすげえ。と、冒頭でやられたしまったのもあるんだろうけど、その先にもほとんど古さは感じず、解良と古屋(技術屋)の妙にテンションのあがる会話を楽しんだ。
 二話目はムードが変わって、何やら国家機密みたいなものが絡みそうな出だしだが、やっぱりことばが絡む。
 そして、三話目。ワーカムを使い出した作家が気づくのは、そのウルトラ便利テクノロジーのせいで、抱え込むジレンマだ。それはまず小説というものの話として提示される。

小説というものが、(中略)わけのわからないものを書く行為から生じるのだ。
 つまり、わたしが表現したいものは、本来言葉にならないものなのだ。
 そんなことは少し考えてみればだれにでもわかる。そこはかとない人生の哀しみ、などというものが一語で表現できるのなら、その一語でこと足りる。そんなものはないから苦労して書くのだ。書くうちにそこはかとない哀しみが浮かび上がってくる、というのが小説に違いない。
 ようするに、核になるものはわたしの場合、言葉ではなく、非言語的な想いであって、表現したいことははっきりしているものの、言語ルールにはもともとのせることができなくて、書いているうちになんとなくそれに近づいてくるのをよしとするものなのだ。
(中略)小説を創るというのは、想いを言語化すればこういうことかと再認識し、発見することだ。(中略)元来言葉にならないものだから、それを言語化するというのは矛盾であって、完全な言語化は不可能なのだ。(中略)書き上げたとき、やはりこれと核になったものは違う、と思うのはそのせいだ。だから、また書く気になれる。これでよし、ということがない。想う能力があるかぎり。
 ワーカムを使うと、そんなあたりまえのことがわからなくなる。わからなくなるというよりも、わからなくても書けるようになるのだ。
 ワーカムが逐一、「あなたが考えていることはこういうことか」と訊いてくるためだ。ワーカムは論理的な、言語のみで考える機械だから、逐一入力される文で全体をみる。その逆はできないのだ。書き手にとっての全体とは、わたしの場合は、非言語的なものだから、ワーカムに理解させることはできない。書き上げて小説になったものを読ませて、これが全体だと示すことはできるが、それではすでにワーカムの支援を受ける必要はない。
 だから書くときは、その核になる想いを忘れてしまってはいけないのだ。ところが逐次的に訊かれる問いにこたえる形で進めていると、つい忘れてしまう。

 が、やがてこれは現実の認識の話に移って、変容するリアルというか、リアルなんてどこにもないっていうか、そんなモチーフをベース音にしてひとつひとつの物語が語られていく。昔評判になったときには、ついてけそうにないなあと読まなかった(じゃあなんで買ってあるのかは自分的にも謎だ)んだけども、時間がついてけない問題を解決してくれたのもあって、抵抗がないどころか、今読むからこそ、ここで予言されたイメージがツールそのものは一致してないにせよ、比喩としてはばっちり当たっていることに震えたりもできるわけで(ほんと、これで携帯電話があったら、すべてが揃ってる気さえする。記憶ではこの作品世界には、フロッピーディスクすら出てこない。)、とにかくすげえって十五回くらい呟きつつ読了した。
 ああ、面白かった。
 今は早川から出てるみたいなので、読んでない人は是非。
言壺 (ハヤカワ文庫JA)
神林長平

言壺 (ハヤカワ文庫JA)
早川書房 2011-06-10
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キンドル版も出てた。確認時の価格は630円。
言壺
神林長平

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早川書房 2012-01-15
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