マイケル・オンダーチェ 土屋政雄訳『イギリス人の患者』

イギリス人の患者 (新潮・現代世界の文学)
マイケル オンダーチェ Michael Ondaatje

4105328018
新潮社 1996-05
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 映画のポスターから勝手にうるさいBGMの似合うラブストーリーなんだろうと考えて敬遠した作品だったのだけど、「読んでいるとその世界からしばらく戻ってこれなくなるような感じがある」と人に勧められ、なら読んでみますかと調べてみたら文庫も品切れしていて古本屋巡りの結果ようやく入手できた本。舞台はイタリア大戦末期。病院として使われていた屋敷から舞台が撤収するときに、看護婦のハナはイギリス人の患者とふたりだけでその場にとどまり、彼の世話をすることを決意する。そのうち、知り合いのカラバッジョが噂を聞きつけてやって来て居坐り、工作兵のキップってのも迷い込んで四人の共同生活が続いていく。
 キプリングとかヘロドトスとかを通底音に響かせた語りは美しく、映画のポスターから連想したような恋物語もあったけれども、語りが砂漠の砂みたいにからからだったので、お腹いっぱいにもならず読み進めることができた。白眉は9章。キャサリンって記憶のなかのヒロインがヘロドトスを朗読するところからあと。こっちの頭にも共鳴が響きまくるような感覚を覚えた。久々の感覚だった。ほかに空中で飛行機が火事を出したところの描写が印象に残った。「操縦席のあちこちにオイルが飛び跳ね、それを火が追う」って書いてあったんだけど、「追う」って動詞が非常に新鮮に見えた(草叢の炎とかなら「追う」を使うと思うんだけど、狭い場所の炎の動きだったからなのか、初めて見る表現みたいな印象を覚えた)。
 これが品切れなのはもったいないなあ。