Wilkie Collins『The Dead Secret』

THE DEAD SECRET (illustrated, complete, and unabridged) (English Edition)
WILKIE COLLINS

B00F70LANO
Classic Wilkie Collins hrillers 2013-09-13
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
『月長石』(感想)の作者の本。この次の『白衣の女』で大当たりを飛ばしたとかいう話なので、『ジョジョの奇妙な冒険』に対する『バオー来訪者』みたいな作品だろうか……って言っていてよくわからないけど。読んでみようと思った理由は、調べた範囲で未訳作品だったから。ウィルキー・コリンズ全12巻の傑作選なんかも出ているので、未訳長編なんてあるんだ、どんな話なんでしょと興味をもったわけ*1
 とっくにパブリックドメインのはずなんだけども、アマゾンで検索したときに無料本が出てこなかったので一番安い奴を買った。
 書いたのを忘れていた『月長石』の感想を読み返して見ると、当時「やっと読み終えた」というのが最初の感想とか書いていて、芸がないことに本書でもやっぱり「やっと終わった」が最初に思ったことだった。試みにネットで原文拾って一太郎に貼り付けたら400字詰め原稿用紙換算で1580枚ありますって言われた。実際に長かったのである。
 それはさておき、物語はあるお屋敷でまだ若い奥さまが亡くなろうとしているところから始まる。老け顔で声の可愛いメイドが死の床に呼ばれる。おろおろしながらメイドは尋ねる。「奥さま、あのことは旦那様に?」奥さま答える。「言えていないの。言えないわ。だから、おまえ、わたしの告白を書き取って、あの人に渡しておくれ」「そんな奥さま無茶ぶりです」「お黙り! 言うこと聞かないと化けて出ておまえをとり殺してやるよ!」メイド泣く泣く告白を書き取る。「いいね、必ずそれをあの人に渡して、事情を説明してくださいよ。その紙破り捨てたり、この屋敷から持ちだしたりしたら、化けて出ておまえをとり殺してやるからね、それじゃ、あたし死ぬから」「そんな、奥さま!」
 ってな感じに(台詞は相当適当です)奥さまは亡くなり、メイドはとんでもない告白を記した手紙を持って、残されたご主人のところへ向かうが、ご主人は五歳くらいの幼い娘をあやしていて、メイドの気配に気付かず、「さあさあ、ママのことで泣くのはそれくらいにして、かわいそうなパパを慰めておくれ」とか言ってる。それを見たメイドは主人に声をかけず、屋敷の北の方へ駆けだし、幽霊が出ると評判の人が近づかない建物に入って、手紙を隠す。「奥さま、わたしはこれを破り捨てもしませんし、持ち去りもしません。隠すだけです。だから化けて出ないでくださいね、マジで」と言い、主人には「奥さまから秘密の手紙を預かりましたけど、渡せませんでした。わたしのことは探さないでください」と書き置きを残して、姿を消す。メイドの行方は杳として知れなかった。
 ここまでがプロローグで時代は十五年飛び、5歳の女の子は20歳になり、結婚式を挙げたところから物語が続いていく。お相手は1年前に病気で盲目になった好青年。ただしこの人、血筋を重視するってキャラクター。
 と、ここまで書けば、これが大体どんな話であるかはわかりそうなもので、驚くべきことには、読者の予想のレールからほとんど逸れることなく話は続いていく、最後まで。ただ成り行きについては、だいぶぎょっとしたところもあった。主に、「え、そんな簡単に!」という方向で。
 ここまでの感想を読めば、「ああ、これははずれだな」と思われること請け合いだろう。おれだって「おいおい、こんなふうなストーリーラインだったらがっかりだぞ」と冒頭で考えたラインそのままに流れていくのが見えたときにはがっかりしたのである。
 ところが、目茶苦茶意外だったことに、読んでいるあいだはつまんねえもんを読んでいるという感じもしなかったし、読み終わってもつまんねえもんを読んでしまったという感じは受けなかった。理由ははっきりしている。キャラクターが面白いのだ。最初に登場したメイドと奥さまにしてもそうなんだけども、主要キャラから端役にいたるまで、じつにくっきりとしたイメージが浮かぶように書かれている。その人たちのやり取りを読んでいるだけで結構楽しい。『月長石』もキャラの立て方がうまいなあと思った記憶があるけれど、本作でも作者は魅力的なキャラクターの造詣にちゃんと成功している。本書の魅力成分は人物8物語2くらいのイメージになるんじゃなかろうか。
 あらすじにまとめたら恐ろしく詰まらなそうという印象の拭えない話なので、邦訳がないことに不思議はなかったものの、圧縮されると消えてしまう魅力というものも存在する(場合がある)の具体例みたいな作品だった。

*1:ウィキペディアのウィルキー・コリンズの項目を参照したら、未訳作品はほかにも結構な数がありました。