anaphoricとcataphoricの訳語

 安藤貞雄の「英文法を探る」(amazon)を読んでいたら、anaphoricとcataphoricの訳語についての意見が書いてあった。普通anaphoricには「前方照応的」、cataphoricには「後方照応的」という訳語が与えられている。のだが、最近は前方照応的と並んで「逆行照応的」という訳語も出て来ているらしい。
 そこで著者はいっそのことこれまでの前方照応的は逆行照応的に、後方照応的は順行照応的に、それぞれ統一したらどうだろうという提案をしている。根拠はこんな感じ。

日本語の普通の用法では、前方とは顔の向いている方向であり、「後方」とは背中の向いている方向を指す。「前方に注意」と言われたとき、後ろを向く日本人は一人もいないだろう。そうすると、談話が左から右へと流れているとき、すでに発話された表現を「前方」と言い、これから言わんとする表現を「後方」と言うのは、日本語の日常語の語感に反するものと言わなければならない。

 この本は、他の部分においては、非常に勉強になる記述が多かった(overに関する章は面白かったし、仮定法を叙想法と呼ぼうという提案には、その方が良いかもと思った。)のだけども、このくだりだけは説得力に欠ける。たとえば指示語が何を指しているのかを教えたいとき、大抵の人は「まず前を見て、それのところに入れられる部分を捜せ」と言うはずで、このとき、教えた方も言われた方も、自然と「前」という単語で「そこまでの文章」という意味で受け取っているはずだし、時間的な前後関係と言うとき、前を未来とは取っていないはずなのは、「その後」というとき絶対に未来を感じている。文章を読んでいるという前提の場合に、前と言われて「これから言わんとする表現」を指すと考える方が、日常語の感覚に反すると俺などは思うので、ここだけは与太だと思った。ジャンルがちょっと違うだけで、似たような意味を表す言葉なのに、それが全然分からなくなっている現状を批判したかったのだと理解はしたけれども、説得力は感じられなくて残念だった。