ケン・ブルーエン 鈴木恵訳 ロンドン・ブールヴァード

 いやあ痺れた痺れた。帯に〈ノワール詩人〉が贈る会心の一作! とあるが誇大広告じゃない。
 あらすじはこんな感じ。

 3年の刑期を終えて、ミッチェルは出所した。かつてのギャング仲間から荒っぽい仕事を世話される一方、彼はふとしたことから往年の大女優リリアンの屋敷の雑用係に収まる。リリアンに屈折した愛情を注ぐ執事ジョーダンは、彼女がミッチェルを“独占”できるよう何かと骨を折るのだが、おかげでミッチェルは危険な隘路へ――。華やかな受賞歴を誇る〈ノワールの詩人〉、会心の一作。

 訳者あとがきによると、本書はサンセット大通りという映画を下敷きにして書かれているそうである。
 俺は名前しか知らなかったので、ひとまずウィキペディアに飛んでみた。

ある日、売れない脚本家のジョー・ギリスは借金取りから逃げている途中、サンセット大通りにある寂れた邸宅に逃げ込む。その邸宅はサイレント映画時代のスター女優であったノーマ・デズモンドが、召使のマックスと共にひっそりと暮らしていた。

ジョーは銀幕への復帰を目論むノーマのために、彼女が書き上げた映画脚本の手直しをするように要求される。うだつの上がらない生活に嫌気がさしていたジョーはこれを受け入れ、以降住み込みのゴーストライターとしてノーマと奇妙な共同生活を始めるのだった。

サンセット大通り (映画) - Wikipedia

 なるほど、確かに下敷きに下っぽい感じだ。
 俺がこれ良い! と思ったのは、妹のブライオニーが出てきたところからだった。

 ブライオニーは頭がいかれている。正真正銘、本物のプッツン女だ。その手の女ならおれは何人も知っている。それどころか、つきあったこともある。だが、ブライに比べたらみんな正気そのものだった。ブライは五年前に亭主を亡くした。そいつはろくでなしだったから、それ自体は大した問題じゃない。問題はブライが亭主の死を信じないということだ。しょっちゅうそいつを道で見かけたり、もっとひどいときには、電話でおしゃべりをしたりしている。

 この困った妹とミッチェルが再会するシーンがもう最高。

 ブライオニーはぴかぴかのバッグ・レディみたいな格好で現れた。ブランドもののゴミ袋みたいなものを着ている。おれをしっかり抱きしめてから、
「あたしのドレス、どう?」と訊いてきた。
「あー……」
「〈ヴィヴィアン・ウェストウッド〉の店でパクってきたの」
 おれが返答に窮しているあいだに、
「ミッチ、グロックは要らない?」ときた。
「さっきリボルバーを断ったところだ」
(中略)
「フランク(ブライの死んだ亭主:俺注)もあとで来るからね、ミッチ」
 それは来るんじゃなくて、出るだろ。

 このブライが本当に本当にイカレた困ったちゃんなんだけど、ミッチェルは結構簡単にキレるのに、ブライ相手には良いお兄ちゃんで、それが凄く良かった。
 ミッチェルのやっていることは全編通して決して褒められたもんじゃない。けれども、このブライとあとビッグ・イシュー販売員のジョーに対して示す人間らしさがあるからか、うかつにも「良い奴だなあこいつ」なんて思わされるんだ。
 もうひとり印象深いのは過去の人になった女優リリアンとこの執事ジョーダン。お堅くてお高くて、執事のステレオタイプそのまんま。女主人のリリアンの平穏だけを考えている人物だ。
 自分が読んだ中で近いキャラクターはもちろんジーヴス(感想)。
 で、俺はジーヴスを読んだときに、ドラえもんみてえなもんだなと思ったんだけども、本書を読むと、ドラえもんっつーのは、なんとも恐ろしい存在なんである。ミッチェルはリリアンの家で仕事を始めたことをつい仲間に漏らしてしまう。すると、悪い奴の大物が「あそこの家に入る手引きをしろ」ってなことをやんわりと言ってきて、ミッチェルはそれを断るんだけども、そのせいでトラブルになる。で、嫌がらせで屋敷の庭に死体が転がってしまうわけだ。さあさ、屋敷の平穏のピンチですよ。お堅いお高い執事のジョーダンは、そっから読んでいる方が、口をあんぐり開けちゃうような大活躍で、この喧嘩は誰の喧嘩だったんだっけ? というくらい主役。まるきり主役。ジョーダンのぶっとびぷりは本書の読みどころのひとつだ。
 ところで、主要キャラクターの名前が、ミッチェルとジョーダンだとどうしたって、マイケル・ジョーダンのことが頭にちらついてしまう。リリアンがミッチェルをマイケルって間違えて呼んだりするから尚更だ。しかしこれは遊びなのか、こっちの考え過ぎなのかと思いつつ、読み進めていったら、こんなくだりにぶつかって嬉しくなった。

「なあ、どうしてジョーダンて名前になったんだ? バスケットボールとは関係ない……んだろ?」
 奴は鼻で嗤った。

 作者やっぱりわざとやってるよ! それとは別にして、ジョーダンが嗤ったのは、やっぱりバスケットボールをアメリカのポップカルチャーだと彼が認識しているからなんだろう。こんな台詞を言ったりもするし。*1

アントニー・デ・メロという名前を聞いたことがありますか? ないでしょうね。あなたはつまらない犯罪小説を少しばかり読んだくらいで、世の中を知ったと思いこんでいる人ですから」

 とまあ、魅力的なキャラクターが何人も出てきて、笑えるやりとりを交わしながら、暴れ回ってくれる。最後の一行に至るまで徹底的に楽しいエンターテインメントだった。面白いからみんな読むと良いと思う。個人的には大当たりの99点(100点満点)を差し上げたい。
 なんで1点マイナスかっつーと、次の箇所がどうしても納得できなかったからだ。

 テレビをつけて、《アリー・マイ・ラブ》を観ようとしたが、映像がダブって見えた。
 かなり酔っていたにちがいない、アリー・マクビールも悪くないじゃないか、と思ってしまった。

 酔ってなくてもアリー・マクビールは悪くないよ!(ということでマイナス1)

ロンドン・ブールヴァード (新潮文庫)
Ken Bruen

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*1:いや別に引用する必要はないんだけどさ、なんかこの本は素敵に楽しくて、思い出した場面を引っぱりたくなっちゃうんだわ。