岡田尊司『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
岡田 尊司

4334036430
光文社 2011-09-16
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 昔、高橋源一郎が「読んでいて色々なことを連想するのがいい本だ(大意)」と言うようなことをどこかで書いていたように記憶している。その基準から行けば、本書は「いい本」なんじゃないかなあと思う。そもそもなんで読もうと思ったのかというと、「あなたの中の異常心理 (Amazon)」を先に読んでいて、そのなかに、

なぜ人はイジメをするのか、イジメをめぐる多くの議論が忘れていることは、イジメには強烈な快感が伴うということである。いじめている側は、面白くてたまらないのである。

 と、身も蓋もない、しかしながら猛烈に正確な記述があったからだ。
 あ、もちろん、「だから仕方ない」とかそんなことは書かれていないので誤解しないように。上記部分はそれだけに対応を誤ると、たいへんなことになるという話をしている。
 感想エントリーをあげてはいないものの、この本は結構面白く読めた。そんなわけで同じ著者の別の本を手に取った。
 で、タイトルにもなってる愛着というのは、著者によると、

愛着とは、ある特定の存在(愛着対象)に対する、特別な結びつきなのである。愛着対象は、その子にとって特別な存在であり、余人には代えがたいという性質を持っている。特別な存在との間には、見えない絆が形成されているのである。それを「愛着の絆」と呼ぶ。
(中略)
愛着の形成とは、特別に選ばれた人物との関係が、不動のものとして確立する過程だとも言える。

 というものらしい。各人の愛着の癖(愛着スタイル)は、「母親との関わりを出発点として、その人にとって重要な他者との関係のなかで、長い年月をかけて培われていく。そしてこれが、「その人の根底で、対人関係だけでなく、感情や認知、行動に幅広く影響していることがわかってきた。パーソナリティを形造る重要なベースとなっている」ので、「不安定な愛着スタイルの人は、そんなことをすると拒絶されるのではないかと不安になって、助けを求めることをためらったり、最初から助けを求めようとはしなかったりする。あるいは、助けを求めても、求め方がぎこちないため、相手を苛立たせてしまったり、肝心なことを切りだせなかったりして、結局、効果的に相手から助力を得ることができにくい」と著者は言う。おまけに「愛着スタイルは恒常性をもち、特に幼いころに身につけたものは、七〜八割の人で生涯にわたり持続する。生まれもった遺伝的天性とともに、ある意味、第二の天性としてその人に刻み込まれる」ものなのだとか。
 タイトルを見れば明らかなように本書ではこの「愛着」に問題を抱えた人々がメイントピックになる。その数、およそ三人にひとり。多いと思うか少ないと思うかは人それぞれで、おれはどっちかと言うと、「え、そんなもんなの?」と思った。
 まあそれはさておき、基本的にはそうした問題を抱えた人たちの行動パターンやその原因(要するに広い意味での愛着障害)を紹介する感じで話は進む。で、「こんな有名人にも愛着の問題があったんだ」的に芸術家や政治家などのエピソードが出てくる。オバマにジョブス、クリントン、ルソー、エンデ、ヘミングウェイ、ジュネ、日本だと漱石、谷崎、太宰、川端あたり。あと政治家の高橋是清なんかにも言及があった。この辺、知ってる人には退屈なのかも知れないが、おれは結構楽しく読めたし、ジャンルが横断しているので、たいていの人ならいくつか知らないエピソードがあるんじゃないかな。で、著者は「ある意味、日本の近代文学は、見捨てられた子どもたちの悲しみを原動力にして生み出されたとも言えるほどである」とか書いていて、そこでは個人的興味は「なんでそういう作家の作品が文学史的に高く評価されるのか」ってほうに向かったりして、本書で存命中の作家に言及がない(マンガの『タイガーマスク』への言及もあったが、ほかにいくらでもサンプルに使えそうな作品があるだろうに、やっぱりこの二十年以内くらいの作品はいっさい無視されていた)のは、資料の問題なのか、訴訟リスクを避けたのかとか、はたまた人は死んでからでないと評価が定まらないので論評できないということなのかとか、あれこれぼんやり考えていて時間が経った。あと、こういう有名人とこういう問題を結びつけるのは、著者からすれば希望を投げているんじゃないかと勝手に推測するんだけど、これって結局、「それと較べておまえは〜」って論法を誘発するから難しいよねなんてこともかなり思った。
 おそらく著者的には六章の小見出しにもなっている「なぜ従来型の治療は効果がないのか」っていうところが本書のスタートだったんだろう。

通常行われている治療の多くは、比較的安定した愛着のケースに通用するもので、愛着障害の改善にとっては効果がないどころか、悪化させる要素を含んでいるのである。
 愛着障害や不安定型愛着に対する治療というのは、今のところ未発達の分野である。治療者も、それらをどう扱えばよいのかということについて、ごく一部の例外を除いて、認識も経験も乏しいのが現状である。
(中略)
 驚くべきことだが、この部分に大きな死角が生じていることが、ずっと見過ごされてきたのである。

 そのため、この「愛着」の視点が導入されれば「問題をより立体的な奥行きで把握し、本当の意味での回復をもたらすうえで大事なヒントを与えてくれるだろう(「はじめに」より)」というのが執筆動機というか著者の訴えであるようだ。そう捉えると、腰を据えて読むべきは「第四章 愛着スタイルを見分ける」「第五章 愛着スタイルと対人関係、仕事、愛情」「第六章 愛着障害の克服」の有名人エピソード以外のところなんだろうと思われる。特に五章は愛着スタイルを「安定型」「回避型」「不安型」「恐れ・回避型」に分けて説明しており、「親との関係の問題」くらいでひとくくりにされて解説されがちなところを腑分けして説明しているので、かなり興味深かった。引用全然しないでこんなこと言うのはなんだけど、こここそ読みどころである。読みどころのはずである。なのにどうしてミヒャエル・エンデが森ひとつ燃やしちまったけど森の所有者が寛大な処置を望んだおかげで助かったとか、ルソーが年上の女に取り入るのがうまかったとか、イスラエルの集団農場キブツで行われた試みの結果とか、そういうトリビアのほうが頭に残ってしまうのか……。たぶん本書で「愛着障害」とされているあれこれの事象が専門家にとっては「なるほど」と思えるような切り口であっても、おれのような素人には「どっかで聞いた話」に見えるところがあるからなんだろう。この辺、もしも有名人エピソードを入れたのが「一般の人の興味を引けるようにしよう」だったのだとしたら、うまくいってる気もするし、うまく行きすぎて訴えたいことが消えてしまっているような気もする。正直、こんなにトリビア入れなくてもいいんじゃないかという気もした。あ、でも漱石の奥さんへのコメントはよかった。

漱石の妻の)鏡子は、しばしば悪妻の代表のように言われることも多いが、実際は、漱石の方にもかなり問題があったと言わざるを得ない。確かに、鏡子が、うつやヒステリーを病むことによって、漱石にとって、家庭がいっそう安全基地ではなくなった観は否めないが、その後、漱石が神経衰弱にかかり、鏡子に出ていけと迫ったり、散々なことをしても、彼女は漱石のもとに留まり続けた。鏡子は、敵の正体が何かわからないままに、親に見捨てられ続けた漱石の愛着の傷と戦っていたとも言えるだろう。神経衰弱や胃潰瘍を繰り返しながらも、死の間際まで、自宅の書斎で生産的に仕事を続けられたのは、そこが不完全なものとはいえ、安全基地として機能していたからだろう。よく頑張って支えたと褒められてもよさそうなものだが、悪者にされてしまうところが、愛着障害を支えるということの難しさを物語っているのかもしれない。

 正直、このくだりを見るまでは「本職部分のまとめやエピソードの引っ張りは上手だけど、それについての解釈とかコメントはいまいち新鮮みに欠ける」という印象だったのだけど、ここは結構専門知識と解釈対象が合致したというか、「なるほどねえ」と唸った。すぐに「なんで鏡子は悪妻とされることが多いのか」とか考えはまた脱線していったけど。
 うーん、だらだら書きすぎた。ぼんやりあれこれ考えるトリガーとして滅茶苦茶優秀な本だったので、なんとなくあれもこれも書いとかないと忘れるなあとキーボード叩くのに夢中で、肝心の「愛着障害の症状」とか「その克服法」とか、本来のメイントピック全然触れていない駄目レビューになってしまった。そろそろやめとこう。こういう話題に興味のある人だけでなく、うえに出した人たち(だけじゃなくて、釈迦まで愛着の問題で解釈されたりする)のエピソードに興味のある人にもお勧めできる間口の広い本であるのは間違いない。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
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キンドル版はこちら↓。おれはこっちで読んだ。
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