Laurie Bauer Peter Trudgill『 Lunguage Myths』

Language Myths
Laurie Bauer Peter Trudgill

0140260234
Penguin USA (P) 1999-09
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おすすめ平均 star

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 編集者のLaurie BauerとPeter Trudgillによれば、この言葉を巡るエッセイ集は「専門家は一般人向けの本を書くのが上手くないからさ、みんなぼくらが何をしてるか、大御所の本を読んでもよく分からなかったよね。言語学の専門家でない人が色々な入門書を書いてくれているけれど、地下鉄がどうやって動くのかを知りたかったら、それに乗る人ではなくて、地下鉄の技師に話を聞かなくちゃならないように、言葉について知りたかったら、それを使う人でなくて、やっぱり専門家に話を聞くべきでしょ。ってことで専門家に頼んで言語学について語って貰ったよ」というような動機で作られた本らしい。で、その共通テーマは「一般人のあいだに浸透している〈言葉を巡る神話*1〉について」。言語学者からみるとそれらの「そんなに単純な話じゃないんだよね」というものに映るらしい*2
 そうした神話の中には日本でも似たような話が聞かれるもの(言葉の「乱れ」とか、ある言語は他の言語より優れて/劣っている、もしくは簡単/難しいとか、メディアが言葉を駄目にしているとか、子供の読み書き能力がなくなったとか)や、俺にはさっぱりピンとこないもの(アパラチア山脈ではみんなシェイクスピアの時代の英語を話すんだぜ*3とか、南部やニューヨークの英語はけったいだとか)、合わせて21個が遡上に載せられ、あらかたそれがどうして正確でないかという話がなされている。
 知らなくて面白かったのは5章「英語のスペルはデタラメだ」で、ある程度スペリングにはルールがあるよって話が書かれていた。例えば、ある単語の母音が長母音(母音を伸ばす奴)になるか短母音(伸ばさない奴)になるかを区別する方法があるらしい。以下引用は同書より適当な訳

単音節の単語で<a>の音を長母音にしようと思ったら、その印になる<-e>を加えなくちゃいけないよ。たとえばscrapeみたいに。<-ing>みたいに母音で始まる接尾辞の前の母音を短母音にしたかったら、最後の子音は二つ重ねないとね、scrappingみたいに。この印の付け方次第でひとつの母音字は二通りに読まれることになるよ。scrap,scrape,scrapping,scrapingってな具合に。

 ってわけで単音節の単語についた最後のeがなんのためにあるかっていうと、「この単語の母音は長母音で読んでね」っていうマークに使ってたらしい。超簡単な例を挙げると、use。確かにユーズと母音を伸ばして発音し、最後のeがないとusになってアスと短くuを発音する。-ingとくっつけるときにeが消えるのは、引用部分のルールからeがなくても長母音判定されるからなんだな*4*5

 ほかにthのあとに-eで終わる単語bathe, breathe, loatheなどで-eは「母音を長母音で読む」というマークであるのと同時に「thを有声子音として読むよ」というマークとしても働いている。有声子音というのは大雑把に言って濁音のこと*6で、無声音というのはそこから濁音を取ったものだと思えば、大体あっているんじゃないかと思う。
 ややこしいのはbrowse, copse, lapse, please, tease, tenseなどの-eで、これはその前の<s>が複数形の<s>じゃないよというマークになっている。こういう働きをする-eのことを「lexical<-e>」と呼ぶらしい。「語彙の-e」?

四つの子音は普通と違う二重化が行われるよ。ネイティブワードに出てくる/k/の音を二重化するスペリングは普通<ck>だね。こんな感じで。stoking, stocking, baker, backer。beachとbatchの最後にある子音は<ch>は「単子音its 'single'」で<tch>は二重子音のときのスペリングだよ。同じように、cadge, cageなんかに出てくる<g(e)>は単子音<dg(e)>は二重子音のスペリングだよ。

 単子音っつー用語があるかどうか分からないんだけどdoubleが二重の意味ならsingleは二重化してないって意味なんだろたぶん。で二重化って何? って疑問が湧くわけだけど、日本語で考えるなら、小さい「つ」が入るってことなんじゃないかと思う。

 過去形の-edにさまざまな音があたるのは、<-ed>で表す音がいくつも出てしまう不便よりも同じスペルに同じ機能を持たせる方が便利だからって話らしい。
 同じことは派生語にも言えるようで、もともと長母音を持っていた単音節の単語があれこれパーツをくっつけて長くなると、母音が短くなったりならなかったりするけれど、たとえ短くなってもスペルを変更することはしない。見た目を維持する方が便利だかららしい。
 本に出ていた例としては、

長母音の単語 短母音の単語
atrocious atrocity
female feminine
omen ominous
austere austerity
grateful gratitude
reside residual
chaste chastity
legal legislate
sole solitude
crime criminal
mine mineral
supreme supremacy

これらのペアでは、元になる単語の長母音が、単語の終わりから数えて三音節目に位置すると、短母音になっている。これらの短母音を表すのにはは子音を重ねる必要はない。で、同じ理由(見た目で単語のグループが分かるようにする)で、読まない字というものが現れてくるのだそうだ*7。それがあることでどんな単語の仲間か分かるので、読むには便利。書くには不便。音読するにも不便。ことにdoubtやreceiptに出てくる<b>や<p>なんて、「この単語はもともとラテン語だったんですよ」ってことを示すためにくっついている。知るかっちゅーねん。ちなみにテキストをどっかに寄せるとき使うalignの<gn>もフランス語が語源であることを示すためにあるのだとか。

 他の章で面白かったのは14章の否定に否定を加えると肯定になるっていうのは机上の空論だ(大雑把に言って言語はそんなにデジタルじゃないという話だったと思う)とか、15章のろうあの親に生まれた赤ちゃんに喋るスキルを与えようとラジオやテレビをさんざん見せたり聞かせたりしたけど、三歳になっても言語による会話能力は獲得されなかったって話が興味深かった。音が聞こえるってだけではそれを使うようにはならないということか。19章のアボリジニの言語についても面白かった。アボリジニの言語は数え方によっては600もあるらしく、大人は基本的に多言語使用ができるんだって。一家族で5、6言語は当たり前。考えただけでも大変そうだ。
 16章ではMeは目的格なんだから補語に使うなってルールが取り上げられていて、格の説明から英文法がラテン文法のものまねとして始まったことや、それが実際の使用とあっていないことなどが論じられている。

時として言語は他の言語からあるパターンを借りたり貸したりすることがあるのは自然なことだけれど、ある言語のパターンを別の言語に押しつけることはできないし、するべきでもない。そんなことをするのはゴルフクラブでテニスをさせるようなもので、あるルールを間違ったコンテクストの中に無理矢理はめているのだ。またWhom did you see? のような文でWhoではなくWhomを使えと言うような、同じ言語の廃れたルールを今の言語使用に押しつける真似もするべきではない。

 実際広く使われていることにゴチャゴチャ抜かすな、It's meは正しい文だ! というのが主張。そうすると主語になるときは主格、それ以外は全部目的格ってことになるのか? それはそれでいいかも。確かに呼ばれて「俺?」って答えるときに「I?」って答えるのは明らかに変だし。meは目的語にしか使いませんってのは説得力がないかもしれない。ただ比較の時のShe is taller than me.みたいなmeの使い方には個人的に抵抗感を感じるんだよなあ。というかIの方が分かりやすいんだよなあ。

 というように一個一個の話は短いながら、さまざまなトピックがあって飽きさせない。言葉の話に興味がある人にはお薦めの本だと思う。英語なんて読んでられるか! という向きには、買った時点では知らなかったんだけど翻訳も出てます。
 言語学的にいえば…―ことばにまつわる「常識」をくつがえす
 タイトルとしては原著を直訳して貰った方が好みだったなあ。いや邦題の方が、どんな内容かよく分かりますけど。
追記2015/06/01
キンドル版が出ていることに気がついた。確認時の価格は1263円。
Language Myths
Laurie Bauer

B002VBV1OA
Penguin 1998-11-26
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*1:この神話は「思いこみ」っつー意味になるようだ。

*2:そりゃそうだろう

*3:否定されてます

*4:中学校の時、先生がなにやらごちゃごちゃ「読み方が変わるから」と言っていたのはこのことだったのか?

*5:ただcomeは長母音になってないなあと思ったり。もしかするとlongって単語で意図されるものは「長い」ではなくて、そのスペルで示す母音の基本音とは違うよってことなのかもしれない。と思ったらbugって単語に思い当たって「-e」がついてないじゃん。だったら「long」はやっぱり伸ばすってことか? しかしそれだとcomeの「-e」はどうなる。うーん分からない。

*6:と何かの本で読んだんだけど、あれはいったいなんという本だったか……。

*7:ただし単語の冒頭に出てきて読まないは完全に歴史の遺産に過ぎず、残っている理由は別にないようです。ややこしい