小池 一夫 石ノ森 章太郎 比佐 芳武 『多羅尾伴内―七つの顔をもつ男』 (全4冊)

多羅尾伴内―七つの顔をもつ男 (1) (道草文庫)
小池 一夫 石ノ森 章太郎 比佐 芳武

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 はやみねかおるの「消える総生島―名探偵夢水清志郎事件ノート(amazon)」を読んでいたら、上越警部が多羅尾伴内の物まねをしているという描写があって、同じ頃読んでいた芦辺拓の「明智小五郎金田一耕助amazon)」のあとがきにも多羅尾伴内の名前が載っていて、どんなもんなんじゃろとウィキペディア*1を調べてみたら、石ノ森章太郎の描いた漫画があると書いてあったので早速読んでみた。もともとは1977年から78年にかけて週刊少年マガジンで連載されていたものらしい。めちゃくちゃなんだが、コマの使い方や構図が自分的には一番好きな時期の石ノ森章太郎で、むしろ石森章太郎な感じ*2で懐かしかった。
 かつての名探偵、多羅尾伴内こと藤村大造は老いていた。彼は旅行社にツアーの企画を売りながら、二代目多羅尾伴内となる男を見つけるべく目をこらす。藤村の目にとまったのはひとりの青年、紙袋順平(したいじゅんぺい)。藤村は紙袋のもとに通い詰めるがなかなか二代目を継いでくれない。そして……。
 とワンエピソードあって、めでたく二代目が誕生し、ふたりで協力して捜査を行っていくオーソドックスな展開。
 ただ二代目を襲名するエピソードは本当にひどい。正義の旗印さえ立てればなにしてもいいのかと。紙袋の恋人*3が何者かに連れ去られる。それまで藤村を邪険に扱っていた紙袋だったが、恋人の窮地に藤村に助けを求める。そうすると藤村はとうとうと語り出す。

‥‥愛する者のためには――
――すべてをなげうつのが人間の美しさだ‥‥!
――父は子のために‥‥
母も子のために――
――子は父母のために‥‥妻は夫のために‥‥夫は妻のために‥‥!
恋人のために友だちのためにッ
――人は”愛ゆえに”正義と真実を求める‥‥!
――愛を守るためにッ!!
――愛に生き愛に死なんとす!!
だが‥‥いまの世はあまりにもこの愛が失われようとしている!!
侵されようとしている‥‥!!
――守らなければならないのだッ‥‥!
だれかが先頭に立って‥‥!
――犯罪をなくしこの世に正義と真実の灯をともすことが
愛を守ることなのだッ‥‥!
――おまえにもわかるだろう!
愛する者を奪われた苦しみがッ
――いまこそわかるだろうッ!
じゃからこそ‥‥じゃからこそ――
――この世に多羅尾伴内が必要なのだッ!!

 右ページに藤村左ページに紙袋の絵を描き、あいだに白コマを挟んで、それがだんだん狭くなることでふたりの心の通じ合いを見せる石ノ森の画力によって、この場面なかなか良い感じに仕上がってはいるものの、百代誘拐事件は藤村の自作自演。しかもこのあと多羅尾伴内を襲名する約束を取り付けるに当たっては「どんなことがあってもなるな?」と念を押して、きっちり策にはめるあたりは、老かいと言うより普通に悪人だ。涙まで流してるし。紙袋も、よくまあこんな人物の二代目を引き受けたもんである。
 そして二代目多羅尾伴内の修行ファーストステップは、「あるときは片眼の運転手! あるときは外国航路の船員! あるときは大富豪! またあるときはキザな中年紳士 あるときは中国料理のコック‥‥あるときは謎のハンター――そしてあるときは名探偵多羅尾伴内! しかしてその実態はッ 正義と真実の使徒‥‥藤村大造ッ!!」という台詞の暗記! これを一緒に繰り返せと迫る藤村に紙袋は断固拒否の姿勢を見せる。ここらへん時代の流れに合わせようという努力が感じられた。もっとも3巻後半からは紙袋もこの台詞を言うようになって、げんなりだったけど。そしてその辺からこの物語は一気に失速していき、何が何だか分からない尻切れトンボな終わり方をしてしまう。これはたぶん「小林旭主演でリメイク映画を製作して二代目シリーズ化をめざしたが、2作目が興行的に成功せず、シリーズは打ち切られた。」というウィキペディアの記事と関連しているのだろう。あるいは漫画版独自のテコ入れだったのかもしれないが、そうだとしたら大失敗。
 そのせいでいったい藤村大造の守ろうとした愛と正義とは何だったのかがはっきりしないで終わっていて、そこが残念だった。
 にも関わらず読み終えた後、案外面白かったと思うのは、やはり石ノ森章太郎の絵の力だろうな。石ノ森章太郎のファンか多羅尾伴内シリーズに興味のある人なら、読んでもいいんじゃないかと思う。傑作でも佳作でもないが駄作でもない。期待しすぎなければそこそこ楽しむことはできるはずだ。

追記2015/06/01
キンドル版が出ていた。確認時の価格は432円。こちらのバージョンでは全5巻になるようだ。
多羅尾伴内(1)
小池一夫 石ノ森章太郎 比佐芳武

B00MC958MM
講談社 2014-08-29
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*1:ウィキペディア「多羅尾伴内」

*2:朝日ソノラマワイドコミックスで石ノ森章太郎を始めて知って、あれこれ読んでいるうち「ノ」が入った。幼心に「ノ」の入った作品はあまり好きじゃなかったので、自分にとっては石森章太郎=面白い、石ノ森章太郎=あんまりっつー無根拠な思いこみがある。

*3:百代という名前の関東スケバングループ総帥で、呼び名はおかあちゃん