サイコパス 秘められた能力
ケヴィン・ダットン 小林 由香利 
NHK出版 2013-04-23
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非常に興味深い話が目白押しの一冊だったが、どうまとめればいいのかよくわからないので、著者自身がこの本が何を語るのか、書いているところを引用してみる。
本書の核心である、サイコパスにはある種の能力があるという根本的なテーマは真剣なものだ。能力といっても従来の意味、歳月と人生経験の積み重ねによって生まれる財産、とは違うかもしれない。口にするのは憚られるが、生まれながらに備わった機能という意味だ。
（中略）
サイコパシーはじつは高性能スポーツカーのようなもの。役に立つが危険も伴う両刃の剣だ。
２章からは、この両刃の剣とその剣を振るう人びとの独特な心理学的プロファイルについて、科学的、社会学的、哲学的にくわしく紹介していく。（中略）
現代のサイコパシーの座標をスケッチしたら、次に、人目につかない神経の日付変更線から認知考古学に焦点を移し、サイコパシーの起源を探る。ゲーム理論や最先端の進化心理学のツールを使って、はるか遠い祖先の時代に人類を取り巻いていた環境を再現する。サイコパスはその環境下で進化を遂げたのかもしれない。（中略）
サイコパスであること―（中略）――のメリットを掘り下げて検討する。（中略）
世界有数の“セレブな”サイコパス集団の裏側を探り、だれもが日常生活で直面する問題やジレンマや課題をサイコパスの観点から見ていく。（中略）
さらに画期的な一回かぎりの実験で、このわたし自身が「サイコパスに変身」する。経頭蓋磁気刺激法（TMS）の世界的権威が遠隔操作の非侵襲性神経外科学技術の助けを借りて、わたしの頭のなかでサイコパス的な脳の状態をシミュレーションする（中略）
読み進むうち、真実が、無慈悲な捕食者と同じように、ゆっくりと近づいてくる。たしかに彼らはわたしたちを苦しめる。しかし一方では、わたしたちの命を救う可能性もある。いずれにしても、何かしら彼らに学ぶことがあるはずだ。
作者自身が「サイコパスに変身」ってところが、面白そうで読み進めていったんだけど、ほかのところもかなり興味深かった。これまでおれの知識だとサイコパスと呼ばれる人たちが何を考えているか、さっぱりイメージできなかった。うつろな内面プラス殺人衝動みたいな貧弱なモデルがせいぜいだった。けれども本書が引用している論文によれば、「これらの人びとは見返りに――ニンジンに――強く惹かれるあまり、リスクやムチへの不安に鈍感になる……潜在的脅威を察知できないというわけじゃないが、見返りに対する期待や欲求がそうした不安を圧倒する」のだという。
本書で繰り返されるサイコパスの特徴は怖いもの知らずと一点集中の力の強さだ。これは一流の医師、弁護士、スパイ、トレーダーなどにもサイコパス的な心理の反応が見られるとかで、読んでいるうちにむしろ人間はサイコパスになった方がいいのではないかと、うっかり誤解しそうになった（が、長期的に見ると結局そんなことはないらしい）。
またサイコパス関連のさまざまな実験も紹介されており、そんなことまでするのかという驚きにも随所で出くわした。
しかしもっとも読んでいてスリリングだったのは、やはり著者が「サイコパスに変身」するくだりだ。
「じつのところ、突き止めようとしているのは」ニック（実験を行う施術者）が続けた。「運動皮質のどの領域がきみの右手の小指を動かしているかだ。それがわかれば、そこを一種のベースキャンプにして、本当に調べたい脳の領域の座標が割り出せる。つまり、きみの扁桃体と倫理的推論に関連する領域だ」
（中略）
たしかに二十秒ほどでニックが言ったとおりの場所が勝手に痙攣するのを感じた。痙攣は最初はかすかに、それから徐々に強くなっていった。まもなく右手の小指がまったく手に負えなくなった。このうえなく不快というわけじゃない――薄暗い部屋で、椅子に縛りつけられ、自分の体の動きをまったくコントロールできないことを思い知るというのは、気味が悪くて、屈辱的で、混乱して……自由意志というやつ全般が少しばかり萎える感じだった。
引用一行目の台詞とか、個人的にはすごくぞくぞくした。この装置の効果はせいぜい三十分も持たないとも書いてあったが、そのタイムリミット感もまたわくわくした。
わくわくしたのはここだけではなくて、「サイコパスから学ぶ」というアプローチ自体が新鮮でよかった。この手の話が好きな人ならけっして損したとは思わない力作だ。
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