ブラウン神父の初出

 以前「The Blue Cross」と「The Secret Garden」を翻訳してみたときに、初出で読んだ人は誰が探偵かってところにも意外性を感じたんじゃなかろうかと考えた。The Blue Crossというタイトルだけあって、始まると同時にイギリスにやってきたフランスの名探偵が描写され、追いかける大泥棒の話が出てくる。たいてい条件反射でこのふたりの追いつ追われつを読むんだろうと予想して読み進むわけで、だからこそ、短編集としてまとまった形でしか読まない後世の読者とは違って、最後でびっくりしたんじゃないかなあと。
 で、The Blue Crossを訳したエントリーの最後に、捕捉トリビアで、

本編の初出については、「名探偵事典 海外編」(郷原宏 東京書籍)53ページに、「1910年09月「ストーリー・テラー」誌にて青い十字架が発表される。」とある。

 と記していたのもあって、いつかその掲載誌が見てみたいものよとうっすら思っていたのだけど、先日、なんとなく、ウィキペディアの英語版を見ていたら、

"The Blue Cross", The Story-Teller, September 1910; first published as "Valentin Follows a Curious Trail", The Saturday Evening Post, 23 July 1910

https://en.wikipedia.org/wiki/Father_Brown

 なあんて書いてあるじゃありませんか。タイトル違ってるよ! こりゃあますますもって読者はびっくりしたに違いないわ。ってか、それどんな形で出てたのか拝めないものかと検索したら、アーカイブが出てきた。そして、勇んで調べてみたところ、出てきました。のちにThe Blue Crossと言われる話の冒頭部分。こちら
 ……いきなり、The Innocence of Father Brownってでかでかと書いてあった。これじゃ、おれが思ったような効果は出なかったな。
 なんだけど、これを最後まで眺めてみたら、編集者ノートっていう短いコメントが書かれていて、「これは六回シリーズの第一回だよ。第二回は近々掲載」とあった。英語版ウィキペディアを見直してみたところ、初出はSaturday Evening Postというエピソードが十個あり、The Secret Garden とThe Queer Feetだけ、初出がそれぞれストーリー・テラーの1910年10月号、11月号となっていた。妙な話もあるものだってことで、さらにアーカイブを漁ってみたところ、二話目はこれ。タイトルは「The Secret of the Sealed Garden」タイトルからして間違いなくThe Secret Gardenです。勢いに乗って第三話も探してみた。あった。タイトルは"Why The True Fishermen Always Wear Green Evening Coats"でThe Queer Feetと同内容と思われる。好評だったのか、六回シリーズに追加シリーズ(こちらではシリーズタイトルはなかった。)が加わって、計十二作の"Innocence of Father Brown"としてまとまったみたいなんだけど、不思議なことに、現在流通しているバージョンとは順番が違う。最初の三本が同じだったからそのまんま行くのかと思ったら、そんなことはなかった。ってわけで、掲載順に並べてみると以下のようになっていた。 左から初出タイトル、掲載日、創元推理文庫版タイトル(その原題)の順。タイトルが変わっているものは太字にしてみた。

エピソード1 Valentin Follows a Curious Trail 1910 July 23 青い十字架 (The Blue Cross
エピソード2 The Secret of the Sealed Garden 1910 September 3 秘密の庭 (The Secret Garden)
エピソード3 Why The True Fishermen Always Wear Green Evening Coats 1910 Octover 1 奇妙な足音 (The Queer Feet)
エピソード4 The Bolt From the Blue 1910 November 5 神の鉄槌 (The Hammer of God)
エピソード5 The Wrong Shape 1910 December 10 狂った形 (The Wrong Shape)
エピソード6 The Sign of the Broken Sword 1911 January 7 折れた剣 (The Sign of the Broken Sword)
エピソード7 The Invisible man 1911 January 28 見えない男 (The Invisible Man)
エピソード8 The Eye of Apollo 1911 February 25 アポロンの眼 (The Eye of Apollo
エピソード9 The Strange Justice 1911 March 25 イズレイル・ガウの誉れ (The Honour of Israel Gow
エピソード10 The Sins of Prince Saradine 1911 April 22 サラディン公の罪 (The Sins of Prince Saradine)
エピソード11 The Flying Stars 1911 May 20 飛ぶ星 (The Flying Stars)
エピソード12 The Three Tools of Death 1911 June 24 三つの兇器 (The Three Tools of Death)

 なんで掲載の順序が変わったのかはわからないものの、こうなってくると気になるのは、The Flying Stars の位置で。まだ一本目しか目を通していないので、The Wrong Shapeとか、結構変更があるのかなあと想像してしまう。そのうち読んでみよう。
 あと、これも驚いたんだけども、Saturday Evening Postって、どうやらアメリカの雑誌っぽいんだよね。広告$表示だし、単語のスペリングアメリカ風だし。ってことは、ブラウン神父を最初に読んだのはアメリカの読者だったってことになりそうで、なんとなく面白いなあと。