北原保雄 達人の日本語

達人の日本語 (文春文庫)
北原 保雄

4167679604
文藝春秋 2005-10-07
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 同じ著者の「青葉は青いか―日本語を歩く(amazon)」と「文法的に考える―日本語の表現と文法(amazon)の抜粋と「教科通信」の連載をまとめた文庫。一番面白かったのは「辞書の話」というエッセイ。それまでに23冊の「ジ書」に関わってきた著者の思い出話と意見が綴られたもので、いまとなっては当たり前になった古語辞典の用例に訳を付けるというのは、この著者が「全訳古語例解辞典」において始めたものであったらしい。企画段階では反対もあったのだとか。

 結果は多くの人に受け入れられるところとなり、以後サル真似をする辞書が続出して、今や、非常識が常識となり、「全訳」は固有名詞から普通名詞に変わってしまった。しかし、元祖は元祖、真似は真似、私の辞書は、フィロソフィーが分かっていない他書を、一歩二歩もリードしている。

 逆引き辞書も著者が生み出したんだとか。

この辞典は、意味の類似する語や性質の類似する語を検索する表現辞典としても役立つように企図されたものである。日本語の単語は、その語末の構成要素によって、意味や性質が特徴づけられることが多い。逆引きにすれば、そういう語を一まとめにして見ることができる。

 それまでに逆引き辞典の類書はあったが、それは既成の辞典の「索引」であり、辞書ではない。自分の作った「日本語逆引き辞典」こそが逆引きの「辞典」として作成された最初のものであると著者は言い、そのあと出た「逆引き広辞苑」の次のような一節に文句をつける。

近年、広く一般の使用を目的とした何点かの「逆引き辞典」の刊行をみたこと、それによって「逆引き辞典」の名称が定着しつつあることを喜び、その努力に敬意を表する。

「何点か」というが、最初から辞書として作られた「逆引き辞典」は自分のだけだ! と著者は言う。まだ「問題な日本語」のスマッシュヒット出る前のことでもあり、功名心にはやってでもいたのかという文章は事実がそうであっても、なんとなくせせこましい気がするものの、読み応えがあって、他の部分の無難にまとめましたという文章とはひと味違っていた。この一節がなかったら、別に読まなくても良い本だった気がする。
 それにしても、言葉の専門家として名をなしている人は、気の強い人が多いような気がなんとなくする。柳瀬尚紀や別宮貞徳、白川静などにもそんな印象があったのだけど、北原保雄もそうした系列の人なのかもしれない。写真の印象ではそんなことは全然ないんだけども。言葉に一家言を持つということの必然なのかも。って、どうでもいいことを言ってるな、俺。

 追記:上では「別に読まなくても良い本」などと言ったりしたけれど、それは有益な話をすっかり忘れていたからだった。いま思い出したのは、「連体修飾の構造」という箇所。連体修飾語がいくつか続いたときの順序について考察されていて、なるほどなあと感心した。
 とりあえず「連体修飾語は長いものから並ぶ」のが基本らしい。理由はふたつあって、ひとつには「長い連体修飾語の中には体言が含まれることが多いが、この長い連体修飾語が後に置かれると、その前に置かれた連体修飾語が、長い連体修飾語の中の体言を修飾しているようにも解されるうる」からということと、もうひとつには、「短い連体修飾語を先に置いて、それと被連体修飾語との間に長い語句(連体修飾語とは限らない)を挿入すると、短い連体修飾語のかかっていく先がはっきりしなくなる」からなんだとか。
 もう一度忘れる前にメモしておくことにする。うん、ここだけでも読む必要があった。