海を渡った口裂け女

「流言とデマの社会学Amazon)」より。
 口裂け女というのは、昭和54年頃小中学生のあいだで流行った都市伝説みたいなもので、マスクをした若い女が通りがかりの人に「わたし、きれい?」と訊き、「きれい」と答えると、マスクを取って耳まで裂けた口を見せ「じゃあ、わたしと同じ顔にしてあげる」と鎌で相手の口を切り裂くとされている。
 上に挙げた本では、このうわさの発生源は岐阜でそこから尾ひれをつけながら日本中に伝播していったと書かれている。どっぷりはまった例として挙げられているのは、滋賀県。小学校は授業を中止して生徒を下校させ、中学校では親の迎えを頼む中学生が公衆電話の前に列を作り、噂を否定した教師は生徒から総スカンをくったそうである。
 俺はこの昭和54年版には間に合っていないが、「地獄先生ぬーべー」が取りあげたからか、なんとなくこの話は知っていた。
 で、面白いと思ったのは、その伝播がどこまでいったのかというくだり。「流言とデマ〜」の著者である廣井脩が1990年代に自分が担当する大学の授業で、生徒に「うわさ体験」を書かせたところ、次のような報告があったそうだ。

わたし(廣井氏の授業を受講していた学生:引用者注)は海をわたったうわさについて書いてみたいと思う。そのうわさとは、あの「口裂け女」である。あれは昭和五十四年、わたしが一家で中米はパナマへ赴任していたときのこと、パナマの日本人社会を恐怖に陥れたといっては大げさだが、パナマ日本人学校中に広まったのが「口裂け女」だったのである。だがその口裂け女は、少々日本のとは異なっていた。まず、日本のは大きなマスクを口にかけた女の人が、後ろ手に鎌を持って、こどもたちに「わたし、きれい?」とたずねて、どのような答が返ってきても、鎌をふりあげてこどもたちを追っかけ回すというものだが、「パナマ口裂け女」のほうは、カトリックの国らしく口裂け女の正体は修道女で、その大きな口はベールでおおわれており、無理やりこどもをさらっては、ちょうど日本のベイブリッジのような橋からこどもを海へ捨ててしまうというものであった。

 なんとパナマまで口裂け女は出張していたのかと驚いた。マスクがベールに変わっていたというのもまた興味深い。先日のインフルエンザ騒ぎでマスクなんかすんのは日本人くらいだよって話が流れていたが、それと関係しているんだろうか。正体が修道女って部分は、執筆者の方が「カトリックの国らしく」と言っているけれど、個人的にはむしろ「カトリックの国に迷い込んだ日本人らしく」の方が正しい気がした。きっと他の国の日本人コミュニティにもいろんなヴァリアントがあったんだろうな。

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追記:なんとなく関連エントリを見ていて、著者がすでに亡くなっていることを知った。
2006-04-15 災害社会学「流言とデマ」 広井脩さん 59歳 - deadman 2 〈訃報系blog〉