坪内 祐三『一九七二―「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』

一九七二―「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」
坪内 祐三

4163596801
文藝春秋 2003-04
売り上げランキング : 546173

Amazonで詳しく見る
by G-Toolsisbn:4163596801
『一九七二「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』を読んだ。ポルノ解禁、連合赤軍事件、ロック、ぴあ、田中角栄を柱にして1972年という年の前後を主に週刊誌のバックナンバーからスケッチして見せた本。作者が「週刊誌のバックナンバーをめくって行くと、その当時の社会や世相が重層的に見えてくる」ので面白い。もっとも読者である俺は作者の編集した重層性を眺めているに過ぎないが。
 前半部分を浅間山荘事件が占めていて、それだけ大きい事件だったと頭で理解しつつもさっぱり面白くなかった。作者はオウムと連合赤軍事件を比較して前者と後者の異常さは全然別だと主張しているが、その根拠は弱い気がした。
 で、1972年はどんな年だったか? この本で確認できた出来事を並べてみた(雑誌名の表記などは本書に倣った。)
1月1日『木枯らし紋次朗』放映開始。
1月吉田拓郎「結婚しようよ」発売。
1月9日京都府立体育館でオール・ジャパン・ロック・フェスティバル開催。
1月10日東京都立体育館で同ロックフェスティバル開催。
1月24日横井庄一グァム島で収容される。(帰国は2月2日)
1月26日アントニオ猪木新日本プロレス」設立。
1月28日日活ロマンポルノ摘発(「恋の狩人(ラブ・ハンター)」、「牝猫の匂い(OLポルノ日記)」、「女子高生芸者」の三本立てが摘発を受けた。)。
2月3日冬季オリンピック札幌大会(6日、70メートルジャンプで日の丸飛行隊がメダル独占)。
2月11日「ダーティー・ハリー」封切り。
2月21日ニクソン訪中。
2月23日クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル来日。(前年にはブラッド・スエット&ティアーズ、シカゴ、グランド・ファンク・レイルドード、ピンク・フロイドレッド・ツェッペリン、スリー・ドッグ・ナイト、エルトン・ジョンらが来日公演)
2月28日警察、「あさま山荘」へ強行突入。
3月7日ピンク・フロイド来日公演。
3月15日山陽新幹線、新大阪〜岡山間が開通。
4月21日松下通信工業、「パナメモリー」(日本初の留守番電話)発売*1
5月12日新宿駅西口地下のコインロッカーから嬰児の死体が発見される。(「コインロッカーベビー」事件が最初に発生したのは1970年。)
同日日本テレビ日本プロレス」中継終了。
5月15日沖縄返還
6月シカゴ来日公演
6月ガロ「学生街の喫茶店」発売。(流行するのは翌年)
6月11日田中角栄著「日本列島改造論」刊行。
6月17日佐藤首相が記者会見で新聞記者たちを退席させる。(司会をしたのは当時官房長官竹下登
6月22日 野坂昭如編集の雑誌「面白半分」に掲載された「四畳半襖の下張」がわいせつ容疑で摘発される。
7月7日田中角栄内閣総理大臣就任。
7月10日ぴあ創刊(はじめは月刊誌。79年10月12日号より隔週誌。同年「ロッキング・オン」「シティ・ロード」創刊)
7月16日高見山、外国人力士初の幕内優勝。
7月21日日本テレビ太陽にほえろ!」放映開始。
8月ミュンヘンオリンピックで男子バレーボール日本代表金メダル。
8月ディープ・パープル来日公演。
8月井上陽水「傘がない」発売。
8月15日キャロル結成。
9月ジャイアント馬場全日本プロレス設立。
9月10日「大相撲ダイジェスト」放映開始。
9月27日貴ノ花、輪島、大関に昇進。
9月29日日中国交回復。
10月レッド・ツェッペリン来日公演。
10月8日フジテレビ系「リブ・ヤング」にキャロル出演。この放送は伝説になった。
10月17日韓国で戒厳令発令。
11月28日T・レックス来日公演。中国政府からジャイアントパンダ「カンカン」「ランラン」寄贈。
12月6日「スター誕生」決勝大会で山口百恵が準優勝。

 このほか、日付が分からない出来事は三菱銀行キャッシュカードをスタート、高松塚古墳彩色壁画発見、『子連れ狼』映画化、川端康成ガス自殺、初心者マーク登場「ヤマザキ天皇を撃て!」(奥崎謙三著)刊行、「同棲時代」(上村一夫)連載開始。などがあった。また仮面ライダーカードブーム、海外旅行者百万人突破などの記録があった。

 その前年、マクドナルド銀座一号店オープン。年頭の「週間読売」で「売れて売れてのカラー・テレビ」という記事があり、テレビがカラー時代に突入しはじめているのが分かる。ニュー・ミュージック・マガジンを舞台に日本語でロックは歌えるか論争があったのもこの頃なんだそうだ。
 なんとなくではあるけれど、「仮題・中学殺人事件(感想)」が書かれた時代を知れて良かった。
明らかに偏ったデータではあるけれど、1972年当時、作者は14歳。まさに辻真先が読者として考えていた世代のサンプルなわけだ*2
「ぴあ」*3を新しい時代の幕開けと見、その特徴を「データを並べただけの雑誌」という形に見るとするなら、殺人事件シリーズの可能キリコ(当時設定年齢14歳)はまさにぴあ創刊以前に生まれた「ぴあ」的なキャラクターだ。彼女の知識は無尽蔵だが、それはただ並んでいるだけで、全体が体系を作っているわけではない。物語の中においてキリコは受験に失敗するが、それは彼女の「知」が大学的な「知」から判断されれば「嘆かわしい」(尾崎秀樹のぴあ的文化に対する発言)ものである以上、必然だったといえる。
 という上段までとは関係なく、坪内は「同棲時代」に触れたくらいで、あとは漫画を無視しているのが、時代を描く上での恣意性ということになるのかもしれない。たとえばこの年は、ベルバラの連載が始まった年だし、あしたのジョーがもうすぐクライマックスという頃合い。大学生がマガジンを読むことがニュースだったのはさらに前である以上、この扱いはちと酷い。もしも当時の14歳はそんなものに見向きもしなかったと言うなら仕方ないが、同い年の大塚英志が繰り返し「海のトリトン」(これも1972年の放映)最終回で受けた衝撃を語っていることから考えて、もうすこし言及するべきではないかと思われる。もっとも、これは雑誌をリソースにしたことが原因なのかもしれない。そう考えるなら、当時、マンガやアニメがいかに大人から無視された存在であるかの証明になるのかも。
 と、あれこれ考えさせられて、楽しかった。
 追記:記事をアップしてから思ったこと。本書で坪内が指摘するように(っていうか、いつの時代もそうなんだろうけど)、当時若者の変化が派手に喧伝されながら、その実当事者である若者たちは、それ以前の思考様式や価値観を色濃く持っていたはずで、翌73年の乱歩賞受賞作「アルキメデスは手を汚さない」に出てくる若者たちが致命的に説得力を持たないのは、毎日の記者をしていた小峰元が、「大人のイメージする若者」を書いてしまっているからだろう。つまりありもしない他者をでっちあげてしまっているのだ。
 忘れないようにメモ:キャロルのファッション、お手本はハンブルク時代のビートルズグラム・ロックの正式名称はグラマラス・ロック。

追記2015/06/20
文庫版が出ていた。
一九七二―「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」 (文春文庫)
坪内 祐三

4167679795
文藝春秋 2006-04
売り上げランキング : 327069

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
そして、なんとなく意外なことにキンドル版も出ていた。確認時の価格は730円。
一九七二 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」 (文春文庫)
坪内祐三

B00YTWIFZC
文藝春秋 2006-04-10
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:これに関しては間違いの可能性あり。2007年4月16日の記事も参照

*2:もちろん十四歳当時の記憶と印象だけで本が書かれているわけではないが、その記憶と印象は本書の成立に大きな影響を持っていることも疑い得ない。

*3:話はそれるが、本書に引用されている「ぴあ」の編集部が書いた文は、「ひぐらし」の梨花の台詞みたいだった。