ドストエフスキー 江川卓 訳 悪霊

悪霊 (上巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー

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新潮社 1971-11
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 ふとドストエフスキーが読みたくなったのは、カラマーゾフの兄弟が売れているというニュースを聞いていたからだと思うが、古典新訳文庫に入った2作品はどちらも読んだことがあったので、それじゃないのをと本棚の肥やしになっていた「悪霊」を引っ張り出してみた。
 これまでに読んだことのある長篇は「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」のふたつで、どちらも先にあらすじは知っていた。しかし「悪霊」はタイトルを知っているだけに等しく、何が始まるんだかさっぱり分からないまま読み進めてみたのだが、500ページを超える上巻を読み終わってもまだ、何かが起こりそうという予感だけで、メインストーリーが現れてくれずビックリ。しかも挿入されるエピソード(結婚だの、決闘だの、過去の因縁やら秘密の計画やらなんやら)が長いので、メインプロットと思われる筋も軽く見失うし、人物も多くて、何度も戻らないと誰が誰やら分からない。
 にもかかわらず、読み出したらやめることのできない筆力には感心させられた。これは作者の力と訳者の力の両方に与っているのだろう。作者の方で言えば、書き出しの第一部で紹介されるステパン氏の紹介の仕方が、ホームズを見るワトソンのようだ。ただしホームズと違うのは、このステパン氏がまったくプラスの意味では凄くないというところに特色がある。しかし読者の目を代行する作中の「私」という観察者によって、ステパン氏から目が離せなくなってしまうのだ。
 さらに途中途中で謎めいたくすぐりが縦横に仕掛けられていて(たぶんそのほとんどはまだ解決していないので、やはり下巻も読むしかない)、これはミステリーを目指したのだろうかと思わなくもなかったが、落ち着いて考えれば、解かれない謎を出すのは、読者を前に進めていく基本的な戦略なので、とりわけミステリーというほどのこともないのだった。
 そういえばミステリーっぽくね? と思ったのは、第一部の話で、第二部からは謎の組織の話が臭わされたりして、推理小説っぽい感じはどこだかへ消えてしまったのだった。

 あまりにも謎めいた記述が多いから、これは訳者の江川先生の謎本で解決だね! と、検索してみれば、「謎解き『悪霊』」という本はないらしくてガッカリした。下巻を読み終えたとき、はたして全体像を把握できているのだろうか。心配だ。

追記5月16日:先日下巻を読み終えた。案の定、全体像は掴みかねる。全体の四分の三を過ぎてからイベントが急遽乱発されて、人が死んだり生まれたり失踪したりと実に忙しい。その場その場のテンションも高く、ジェットコースタームービーを目指したか(当時はそんなもん存在しないけど)と思わせるほど。そんなジェットコースターに身を任せていたら、スタヴローギンの印象はかすんだ感じで、なんだかこれは「ステパン親子とその仲間たち」とでもいうような気がした。中心にいたのはピョートルで、本当はこいつが主役だったんじゃないか? ラストはあまりにも唐突な終わり方というふうに感じた。たぶんその場その場のテンションについていくのがやっとで、一歩引いて全体をみることができなかったためだろう。夢の中をさまよっているようだった。たぶんこの「前のエピソードが記憶に残らないほどのテンション」は、作者が狙って作ったものなんだろうけど、やはり連載作品という性質のためなのだろうか。よしあしあるな、やっぱり。

 とはいえ「カラマーゾフの兄弟」を読んだときの記憶と比較してみると、持って行かれ感は一段落ちる。あっちは途中で居ても立ってもいられないくらい熱量が伝わってきたが、これはそこまでではなかった。ドストエフスキーが最後まで成長し続けた作家だと考えるべきか、それとも訳者や読んだ年齢との兼ね合いかは分からない。

悪霊 (下巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー

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新潮社 1971-12
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