Simon Winchester The Meaning of Everything: The Story of the Oxford English Dictionary

The Meaning of Everything: The Story of the Oxford English Dictionary
Simon Winchester

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Oxford Univ Pr (T) 2004-10-14
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 以前読んだ「博士と狂人(amazon)」が、とてつもなく面白かったので、同じ著者が同じ題材に挑んでいる本書を読むつもりになったのだが、amazonのレビューに訳が良くないと出ていたので、原書を選択してみた。正直難しくて、表紙の下の方についているsupremely readableというコピーは大嘘だと思った。
 それはともかく、本書は世界最高の辞書とも呼ばれるOEDが出来るまでのドラマをまとめたものである。というのは嘘でドラマは今も続いている。2010年には第三版が出るらしい。
「博士と狂人」ではOEDが世に生まれるために必要とされた三人の人物に焦点が当てられていた。編集主幹のマレーであり、ボランティアとして多大な貢献をした狂人マイナーであり、彼が狂気のままに殺してしまった人物ジョージ・メリットである。マイナーはこの殺人の結果精神病院に幽閉され、そこでOEDプロジェクトを知り、残りの人生をそれに費やす。だから、ジョージ・メリットという犠牲がなければOEDは今ある形には仕上がらなかったはずだ、というような主張がなされていて、そこにこの辞書の孕む常軌を逸した何かが感じられた。

 しかし見るべきエピソードはそれだけではなかった。とんでもない人数が関わっただけのことはあって、他にも面白い話があるわあるわ。読んだ端から忘れてしまう俺の記憶力+大量の人が登場し、膨大な時間が流れる本書を手際よく纏めるなんて、自分には無理なので、まだ覚えているいくつかの断片をメモのように書いておくことにする。じゃないと、それさえ忘れてしまいそうだから。

  • Wの項目で多大な貢献をした人の中に、J.R.R.トールキンが含まれていた(その後、「ホビット」という単語の定義にも協力したのだとか)
  • ジェームズ・マレーの先生に、アレクサンダー・メルヴィル・ベルという人がいて、「視話法」というものの概念についてマレーに教えた(この人がマレーに大辞典の計画が進行中であることを教えたらしい)のだが、マレーはそのベルから息子のグラハムを紹介されて、1857年にその子に電気に関する基本法則を教えてあげた。その子は大きくなって、電話の発明者になったとか*1
  • 協力者で強烈な人もマイナーだけではなかった。同時期に活躍したホールという人物の評伝も、かなり面白い。彼は1825年にニューヨークで生まれた。21歳のとき、ハーバードで研究生活に入ろうとしていたところ、父親からカルカッタにいって家出したお兄ちゃんを捜してこいと言われ、カルカッタに向かったが途中で嵐にあって遭難し、自力でなんとかインドの英領インドの首都までたどり着くが、帰る手だてがなくて、ついでに兄ちゃんも見つからなくて、しかたないからそこで語学の勉強をすることにした。三年後にはそこの官営大学でサンスクリット語を教えるまでになった。で、家の近所でダイナマイトが爆発したり、インドの独立運動に巻き込まれたりしつつ、なんとかイギリスに戻ったあとは、外国のスパイダと後ろ指を指されたりしながら、32年間に渡ってOEDの作成に協力し続けた。気になるのは、カルカッタに逃げたとされるお兄ちゃんの行方だ。
  • もうひとつ面白いと思ったのは、マレーが編集主幹に就任したときに、マレーがちゃんとやれるかどうか疑ってかかった人物にマックス・ミューラーがいたところで、それは1877年のことだったらしいが、併読している「近代日本の仏教者たち」によれば、南條文雄と笠原研寿というふたりの日本人が1879年、マックス・ミューラーに弟子入りしている。もしかすると、直接OEDの進捗状況についての話題が出たりしたかもしれない、などと想像するのもまた楽しい。

 参考までに日本語版も貼っておく。

オックスフォード英語大辞典物語
サイモン・ウィンチェスター

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追記:書評空間の記事で面白そうな関連書籍があった。
詐術としてのフィクション―デフォーとスモレット
服部 典之

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服部はおもしろい指摘をする。現在のCD-rom版を使用すると、作品ごとの、この辞典への引用件数が検索できる。その中でも『ロビンソン・クルーソー』からの引用が際立って多い、というのである。その数、実に1341件。同じく古典として名高い『ガリバー旅行記』(608件)と比べても格段に多い。これは何を意味するのか?

 実は「オックスフォード英語辞典」が作られた背景には、英語そのものの正当性を確認しようとする、いかにも19世紀的な、愛国的な機運があった。そういう辞書に『ロビンソン・クルーソー』からの引用が多いということは、辞書制作にかかわった人々の何らかのイデオロギーが反映されているということではないか? だから引用例を検分してみれば、人々がデフォーのこの作品に、どのような意味を担わせようとしたかが暴き出せるのではないか、というのである。

 こうして服部は、'our'とか'plant'といった一見どうということのない単語から、'brutality', 'historiographer'といったいかにも意味ありげな単語に至るまで、単語の選択や語義説明などのいちいちにこだわって、その背後に潜む辞書制作の思想のようなものをえぐり出していく。たとえば'plant'について、服部は次のような考察をする。

plantについては『ロビンソン・クルーソー』全体で68回この語が使われているうち、植民地主義的な意味で使用されている回数はほとんどない(もしくは比較的曖昧なplantationという語が多い)。それにもかかわらず、この「開拓者や植民者として住みつく」の意味の箇所が選択されているのは注目すべきである。

たしかにおもしろい。実に地味な作業をへて得られた見解だが、ここには渋い輝きを放つ、いかにも英文学的な発見の感動がある。

 この本は知らなかったのだけど、いきなり読んでみたくなった。本だけでなく、この書評も、じんわりと染み込んでくるような、好い文章だと思う。やや高い上に厚めなので、勢いのあるときに買いたいなあ。

*1:だから最初にベルが発明した電話はそのときの感謝を込めてマレーに贈られたのだそうだ