トリプル世界タイトルマッチ

 テレビで見た。
WBA・S・フライ級暫定王者名城信男河野公平
WBC・S・バンタム級暫定戦「西岡利晃−ナパーポン」
WBAミニマム級戦「新井田豊ゴンサレス
 の三試合。ゴンザレスの激しいプレッシャーの中、玉砕に行って(というか、行ったように見えた)、それでも倒れるより早く、ドクターストップに終わった新井田の試合も印象深かったが、とにかく凄かったのは西岡だ。天才としてスタートした男は、同時代に圧倒的長期政権を誇るウィラポンと同じ階級という不運にぶつかり、きわどい判定に泣き、怪我でキャリアを中断させ、自分よりも若い長谷川がウィラポンからベルトをむしり取るのを眺めたりするうちに三十二歳になって、いまだ世界のベルトに届いていなかった。試合前のインタビュー映像を見ても、天才と呼ばれた輝きみたいなものは、完全に漂白されていて、これから大勝負に向かう勢いみたいなものは感じられなかった。
 しかしそのインタビューを見て、俺は「勝って欲しいな」と思った。そこにいたのは天才ではなかったが、といって天才の残りかすでもなかったのだ。そこにいたのは才能に溺れることもなく、不運を託つわけでもなく、自分のやらなければならないことをしっかりと務めている、ひとりの大人の男がいるように見えたからだ。こんな西岡は初めてみた。いや、こんな表情と話し方をするボクサーなんて観た覚えがなかった。
 いったいどんな試合をするのか、見てみたいと思った。できるなら、良い結果になるところも見てみたいと思った。
 試合が始まって、出だしから西岡は打って出た。スロースターターのナパーポンから序盤でポイントを奪っておこうという作戦だったようだ。4ラウンドまではジャッジふたりがフルマークで西岡に点けた。5ラウンド以降、ナパーポンがプレッシャーを強めて、徐々に差がつまりだす。かつて天才を何度も泣かせた不運がやってこようとしている気配があった。ウィラポンと戦っていた頃の西岡なら、あるいはそのまま飲まれていたかも知れない。だけど今の西岡には、そのプレッシャーを受け流す柔軟さがあった。距離を取ってカウンターを狙うだけではなく、場合によっては打ち合いも辞さない勇気と同時にそれが蛮勇に陥らないよう冷静さを忘れない強さがあった。
 判定はユナニマスディジジョンで西岡を支持。天才と言われていたときには、まさかベルトを巻くときに、2歳の娘さんから「パパ、世界チャンピオンおめでとう」と言われて相好を崩す姿なんて、予想もしていなかったし、天才の姿とは思えなかったけれど、それも凄く収まりが良くて、今日の偉業に花を添えていた。
 才能を浪費することなく齢を重ね、みごと運命を乗り越えた偉大なボクサーの今後に幸おおからんことを祈りたい。この先どれくらい王座にいるのかは楽観できないけれど、たとえ短期政権に終わったとしても、西岡のなしとげた偉業は、すくなくとも無責任な視聴者である俺の胸にはずっと残ることだろう。おめでとう西岡、次も勝ってくれ。