WBC世界フェザー級タイトルマッチ 粟生隆寛対エリオ・ロハス

 昨日は久々にテレビでボクシングのトリプル世界タイトルマッチなど見た。
WBC世界フェザー級チャンピオン粟生隆寛が使命挑戦者エリオ・ロハスドミニカ共和国)を迎えた初防衛戦。
WBC世界バンタム級チャンピオン目下3連続KO防衛中の長谷川穂積が、ゴールデン・プロモーションからの刺客、世界ランキング4位のネストール・ロチャを相手取った9度目の防衛戦。
新井田豊からWBAミニマム級タイトルをむしり取って行ったローマン・ゴンザレスに元王者(WBC・WBA両方のベルトを保持したことがある)高山勝成が挑んだ世界戦の三本立て。
 結果はニュースで見てもらったという前提で書くけれど、高山は最後まで立っていただけで凄かったと思う。ダイジェストだからよくわからなかったけどさ。ゴンザレスって新井田戦のときも、これミニマム級? ってパンチだったから、正直KO必至だと思ってた。
 それから長谷川。もはや無敵すぎて褒め言葉が間に合わない。減量もキツいみたいだし、階級あげるのがいいんじゃないだろうか。今日の最初のダウン取ったパンチとか見事すぎて笑った。ボクシングは好きでカオサイが松村相手に防衛戦をした頃から、ぬるく見ているけれど、世界戦でダウン獲ったのを見て笑ったのは初めてだ。ロチャも相手が悪かった。


 で、一番印象に残ったのは粟生とロハス(トランクスの刺繍から判断するとRojasってスペリングなのね)の一戦。ダイジェストではちょこちょこ見てきたものの、粟生の試合をちゃんと見たのはデビュー戦以来かもしれない。で、ちょうどデビュー時期が亀田興毅と近かったせいか、どうも俺はふたりを較べて見てしまうのだが、ふたりのキャリアは好対照だ。亀田がマッチメークのマジックを最大限利用*1して世界王座への最短距離を飛び石的に飛んでいったのに引き換え、粟生はじっくり時間をかけて成長していった。高校六冠というタイトルから考えるとその歩みは地味とも言えた。亀田が王座を獲得したのが王座決定戦で、相手が本来一階級下の選手だったのと引き換え、粟生はオスカー・ラリオスという名王者からベルトを獲ったところも個人的には対照的だと思う。世間様的認知では亀田の方が有名かもしれないが、粟生は真の意味でエリート街道を歩んできたボクサーだ。
 そんな粟生が世界チャンピオンとなり、いよいよ金銭的に儲けの時期に入った最初の試合で選んだのが、なんと指名挑戦者。なんてまっとうな! なんも前情報を仕入れてないから詳しいことはわからないが、これはオプションか何かの問題だったんだろうか? ランキングギリギリの選手で顔見せ興行するっていう手もあったと思うんだが。

 と、ちょっとドキドキしながら入場場面を見る。リングインした粟生は一瞬、「ニヤリ」と笑った。凄く自然でかつ楽しそうに。ああこの選手はこの場を心底楽しんでいるんだなあと思った。無責任な直感はここで「粟生勝つんじゃね?」と思ったのだった。
 対するロハスは眉毛が異常にハッキリした美男子。殴りッコのスポーツで美男子であるというのは、防御が上手いということだと、あしたのジョーで読んで以来、俺はそれを盲信しているので、「きっとディフェンスが上手いんだろうなあ」とか考えた。強そうというより早そうな体つきだ。

 1ラウンドのゴングが鳴る。実況はしきりと「粟生は今回9種類のカウンターを用意しています」と言うが、どちらも相手の出方をうかがいフェイントで出足を止めあう展開。地味なんだけどなかなか面白い駆け引きに感じられた。先に手を出している分ロハスにポイントが流れそうだなあという展開が4ラウンドまで続き、案の定ポイントはロハス有利。(WBCの世界タイトルマッチでは4ラウンド・8ラウンド終了後にスコアを公表する)俺が見てきた限りでは何種類かの負けパターンというのがあって、カウンターパンチャーと呼ばれる選手は手数が出ないで負けるというパターンが大橋英行以来の伝統だ。今日の粟生もそのパターンになりそうだねえと思いつつ見ていたら6ラウンドから粟生の動きが変わって良いのが何発か入った。7回が粟生にとって一番の見せ場だったんじゃないかと思うのだが、この回はそれまでのカウンター狙いで機先を制される展開を拒否して自分から出て、ダメージを与えていた。もしや逆転か? と胸がわくわくした。が、同時にこのラウンドでロハスの負けないスーパーテクニックの一端も窺えた。あのクリンチはすげー。ブレイクさせないってどうやってんの? しかしこれも効いてるからだろと眺めていたんだけど、これがすげーくせ者で、結局このクリンチワークにはぐらかされたまま12回まで行ってしまい、粟生はタイトルを失った。

 試合を見終わっての感想としては(これ、関係者が見ないの前提の無責任な発言ね)、セコンドと選手が同じ勝ちパターンにこだわりすぎていたように思った。具体的に言えば9種類用意したカウンターが炸裂するって展開だ。カウンターを獲ることに拘りすぎたのと、ロハスのKOが最初の3回に集中しているってデータが序盤のにらみ合いで、機先を制された原因になったように見えた。中盤一度盛り返したあとも、ワンパンチでダメージを与える意識が強すぎた。すっげえもったいないなあと思ったのは、粟生のショートフックが凄く綺麗で入りそうに見えたのに、カウンターの縛りがそれを有効に機能させていないように見えたことだ。いやこの辺はもっと目の肥えた人には違うように見えたかもしれないけど、俺にはカウンターを選択肢レベルにしておいた方が、ポイントが散って戦い方のオプションが増えたような気がした。最終回の指示も「もう倒すしかないぞ」だったわけだけれど、それもこの試合の場合は逆効果だったと思う。ってのは、すでに倒さなきゃと力みかえって手数が減っている選手をますます力ませる指示だから。実際最終回はロハスの方が粟生の一発狙いに乗じて攻勢をかけていたように見えた。

 逆にロハスの方は、あの念入りに練習しているとしか思えないクリンチワークを始め、勝ち方の引き出しが多かった。あれは拳闘道みたいな美意識からは外れる戦術だけれども、ボクシングにおいてはやっぱりひとつのテクニックだろう。
 ああいうのにどう対応するか、粟生がこのまま引退する選手だとはとても思えないので、おそらく最大の課題はその点になってくるだろう。相手も同じクリーンスタイルで殴り合うならまず負けないスピードとセンスを持っているわけだから。今日の飛びこんで相手のパンチを引き出しつつカウンターでアッパー狙うとかいう発想と実行力を見ても世界レベルの実力なのは間違いないわけで、勝ちパターンを増やすのと、たとえば今日のクリンチみたいにボクシングを噛み合わせない工夫をされたときの対処が出来れば、王座返り咲きどころか長期政権も夢じゃないと思うんだけどな。今日の試合を見る限り。たとえば

 この映像5分過ぎのレナードみたいにクリンチしてきた相手が腕をホールドする前にめったやたらに打っ叩くとか(これは新井田も時々やっていた気がする)、そういうのが出せるようになるとカウンター技術も生きてくるんじゃないかなあ。粟生なら相手のレベルがかなり高い場合でもできそうな気がするんだけど。

 エントリの体をなすために、つらつら書いたが所詮ド素人が適当に思いついたことに過ぎなくて、ぶっちゃけて言いたいことだけまとめてしまえば「今日の結果は残念だったけれども、試合自体は見応えがあったし、粟生の動きは凄く好きなので、ぜひ返り咲いて欲しいと思った。あるに違いない次のチャンスを期待して待ちたい。」ということになる。俺は才能ある人が努力する姿というのに痺れる質だし、そういう人が結果を掴む話が好きで仕方ない。スポーツは他のジャンルと較べて(あくまで較べての話で、スポーツなら絶対そうだと言うつもりはないよ、もちろん)、割とそういう面がストレートに出てくるところに価値があると思っている。だからこそ、長谷川にせよ粟生にせよ、努力ができて、かつ実力もある人には、結果とそれに見合った知名度がついてきて欲しいと思う。


 話は違うけれども、この十年間の日本ボクシングの悲劇は、たとえば徳山やイーグルにスポンサーがつきにくく魅力的なマッチメークをしにくかったことであり、たとえば本望や星野のようなパンチ力よりも技術に長所を持つボクサーや新井田のような才能があり実績もあった世界王者の知名度がさっぱり上がらなかった一方で、亀田兄弟(本人たちは悪くないよ、頑張ってると思うよ)のようなキャラが立った選手が耳目を集めてしまったことにあると個人的には考える。
 そろそろ実力のある選手がそれに応じた人気を得ても良いんじゃなかろうか。粟生もそうだし、長谷川なんて尚更だ。みんな引退したあとで「実は良い時代だったよね」とか言うのは、すこし勿体ない気がする。

*1:これは亀田を弱いと言っているわけではない。試されてはいないと思うけど。