手塚治虫 MW

 昨日知り合いからMWが映画化される(公式サイト)と聞き、そういや明日は手塚治虫の誕生日だし、読み返すのもいいかもと再読。

銀行員として働く結城三知夫(ゆうきみちお)には、裏の顔があった。飽くことなく罪を重ね続け、複雑な関係にある、賀来(がらい)神父のもとへ懺悔にゆく別の姿が! 秘密毒ガス兵器“MW”を軸に、現代の科学万能主義にメスを入れる問題作。

講談社手塚治虫漫画全集版のあらすじ紹介)

 というのがあらすじ。ただし、現代の科学万能主義にメスを入れてるかどうかは定かではない。
 主人公の結城三知夫は、歌舞伎役者の子供で兄は女形として名をなしている。小学四年生のときに南国の沖ノ真船島(おきのまふねじま)を訪れ、この地にたまたま来ていた不良少年グループに人質として使えるぜとさらわれる。その不良グループの下っ端で、三知夫の面倒を見たのがのちの賀来神父。このままなら、梨園とテレビを騒がす誘拐事件になるところだったのだが、そうはならなかった。なぜなら翌日、島民たちは全滅してしまったからだ。毒ガス兵器MWの事故によって。誘拐グループの下っ端と人質は急遽島で唯一の生き残り同士になってしまう。命からがらどうにか脱出してみたものの、この事件も世間を騒がすには至らない。国家レベルでの隠蔽がなされたからだ。
 それから十六年が経って、当時の事件関係者たちが次々に殺され始める。やっているのは三知夫。三知夫は犯罪を犯す度、賀来神父のもとを訪れて懺悔する。それを聞き、恐ろしいと思いつつ、賀来は警察にたれ込まない。三知夫の気持ちも理解できるから。なぜそれが始まったのかは描かれていない(か読み飛ばして忘れたか)が、どうやら三知夫にガスの後遺症が出はじめて、自分はもう長くないと思ったことがきっかけになっているようだ。
 ここでは善悪とは何かという問いが悪へのアプローチによって突きつけられている。村枝賢一の「RED」(感想)に足りないのはこういう要素だよね*1とか思った。思ったのはこれを書いている時点でだけど。
 でもって、人物紹介が済んだあとは、復讐物語としてのラインと、陰謀の中心へと向かおうとする三知夫が、賀来神父への焼き餅から手込めにしちゃったヒロイン(?)澄子が三知夫に惚れてしまってできあがる三角関係のラインが平行して進んでいく。その件で賀来の三知夫に対するアンビバレンスはさらに大きくなっていき、ふたりはやがて対決へと至るのだが、その過程もページの分量が足りない感はありつつも、実にスリリングだ。読み返してわかった、これは傑作。
 三知夫の行動は復讐と嫉妬に徹底的に動機づけられている。MWによって狂わされた怒りはMWを製造した人間、事件を隠蔽した人間、果てはMWの被害に遭うことなく幸福に暮らしているすべての人間にまで向かう。
 一方で三知夫は愛に飢え、理解されることに飢え、賀来神父の許に通い続ける。神父だけが、あのトラウマ体験において、三知夫の見方でいてくれたからだ。だから三知夫は賀来の愛を独占すべく、賀来の愛するものを賀来から剥ぎ取ろうとする。澄子にしてもそうだし、しきりに悪へ誘惑するのは、神父の神への思いを断ち切らせ、自分の方を向いて欲しいからだ。彼は賀来に仲間になって欲しかった――かなわない望みだったが。
 対する賀来は誰かに救ってもらいたくて神に縋っている。三知夫の悪行を止められないことへの無力感でますます神に縋る気持ちを強める結果になる。はじめて自分に力があると思えた澄子を三知夫によって奪われ、さらなる無力感と良心の呵責に苛まれる。
 この引き裂かれたキャラクターたちの絡み合いが実に素晴らしい。三知夫の賀来を独り占めにしたくてする行動は賀来をますます三知夫から遠ざけ、三知夫を止めようとする賀来の行動は三知夫への燃料投下として機能する。
「すべて描き足りないまま完結させてしまった」と作者はあとがき(漫画全集版三巻)で書いているけれど、このままでも十分な緊張感を孕んでいると思う。

 超有名作品に比べて知名度は劣ると思われるが、全300巻で完結していた手塚治虫漫画全集の第四期刊行にあたって、トップバッターを任されたのも納得できる*2
 映画化によって、より多くの人が本作を認知することを望むが、果たしてこれをちゃんと映画化できるのかという一抹の不安は拭えない。特にツンデレキャラの三知夫がただのいっちゃってる人なんかにされた日には、原作の持つ厚みはかけらも残らないことになる。それは避けて欲しいなあ。
 とにもかくにも面白かった。やっぱり手塚治虫は凄いな。

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*1:17巻までしか読んでないので、その後の展開次第では、足りなくないのかもしれない。

*2:ちなみに百冊ごとのトップバッターをチェックしてみたら「ジャングル大帝」「三つ目が通る」「火の鳥」だった。