1849年10月7日エドガー・アラン・ポーはボルティモアの病院で死んだ。ポーが死ぬまでの五日間は「空白の五日間」などと呼ばれ、アメリカ文学史上最大の謎のひとつであるらしい。というのも、9月27日にヴァージニア州のリッチモンドを発ってから、ボルティモアの路上で倒れているのを発見されるまで、足取りがつかめていないからだ。
本書は語り手にポーに心酔していた同時代人を据えて、その死の謎に挑む歴史ミステリー。著者のマシュー・パールはハーヴァード大学を主席で卒業した秀才で1998年にはダンテの研究で「ダンテ賞」を受賞したとプロフィールにある。本書もそうした研究者としての能力が遺憾なく発揮されている印象。本人も結構自信があるようで、巻末の「史実について」というコラムで、
本書が描いているポーの死に関する細部は、もっとも信頼性が高いとされるもので、それを、これまで発表されていない独自の発見と組み合わせている。ポーの死に関する作品中の推測と分析は、すべて史実と有力な証拠とにもとづいている。独自調査は六つの州の公文書館や政府出版物保管図書館をはじめ、さまざまな文書館を通じて行っており、このテーマに関する決定的考察となることを目指した。
と宣言している。
念入りな調査の結果できあがっただけあって、ポーの死を巡る推理はかなり読み応えがあった。ウィキペディアのポーの項目が、本書を無視しているのが残念に思われるほどだ。
もうひとつ残念なのは、ポーを巡る評論としてはかなりスリリング(なぜ偽名を使ったのかとか、素晴らしい解釈でワクワクした)なのに、小説としては傑作とは言い難いところ。理由の第一は、デュパン探しをしてしまったこと。ポーの死の謎を解くのに適任なのはデュパンのモデルになった人物だと思いこんだ語り手がデュパンのモデルを探しにフランスまででかけていくところがピンとこなかったというか、悪ふざけに見えた。おまけに候補がふたりいて云々というのは、結局あまり機能しなかったように思う。
第二には映像化でも狙ったのか、無駄な冒険活劇を入れたり陰謀を添えたりして、ピントがぼやけた展開になっていること。高木彬光のジンギスカンくらい他のことを放り出せば、読む方も何を考えればいいのかわかりやすかったと思う。もっともそれだと地味だから売れないと言われてなくなく設定を作ったのかもしれないけど。メインの謎=ポーの死を巡る推理が面白いだけに、ノイズの多さが残念だ。
そのノイズのせいで、この謎に興味のある人を遠ざけてしまうんじゃないかという気がする。ポーを添え物にしたスリラーに見えるだろうから。実際にはポーに関心がある人こそ手に取るべき本じゃないかと思う。そうじゃないと、やっぱり最後まで焦点が曖昧で何を楽しめばいいのかハッキリしない。
野心的な失敗作ってところだろうか。
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