R・D・ウィングフィールド　芹澤恵訳　クリスマスのフロスト

ロンドンから70マイル。ここ田舎町のデントンでは、もうクリスマスだというのに大小様々な難問が持ちあがる。日曜学校からの帰途、突然姿を消した八歳の少女、銀行の玄関を深夜金梃でこじ開けようとする謎の人物…。続発する難事件を前に、不屈の仕事中毒にして下品きわまる名物警部のフロストが繰り広げる一大奮闘。抜群の構成力と不敵な笑いのセンスが冴える、注目の第一弾。

　こんなあらすじ。なのだがオープニングシーンでフロスト警部は押し入り強盗みたいな真似をして住人に撃たれている。で、なんでそんな話になったのかといえばと本編が始まる。
　訳が良いよという評判を聞いて読んでみたのだが、中身も面白かった。大量に出てくるキャラクターがみんな印象的だ。たとえば視点人物になるクライヴ（警察長の甥っ子サラブレッド）が舞台になるデントンにやってきたとき出迎えに来たジョーダンとシムズ。パトカーの中でかわされるふたりの会話がとても良く、こいつらは中心近くにいるんだろうなと思ったら、ほとんど活躍しない。そんな端役であっても生きた台詞を喋っている（これは訳者の腕かも）のに感心。こいつらがいなければ500ページオーバーの本書を読み切ろうとは思わなかっただろう。
　で、デントンに来てクライヴが組まされた相手がフロスト警部。へらず口ばかり叩くワーカホリック。８時始まり２時終わり。二日目にしてクライヴはパートナーを変えてもらおうと思ったが、サラブレッドなだけに、コネを使っていると思われるのもしゃくに障るってわけで言い出せず、着任から事件が終わるまでエラい拘束時間を強いられる。可愛そうに。
　フロストのキャラクターは典型的な駄目サラリーマンただし有能みたいな感じで、捜査には熱心だけど書類仕事は大嫌い、整理整頓も滅茶苦茶苦手、横には愛されるが上には目を付けられていると、なんつーかサラリーマン全般が共感しやすい仕上がりになっている。上手いのは整理整頓が苦手なために「えーと、これから何をしなくちゃならないんだったっけ？」と、ときどきやることを思い出す場面があって、そのおかげで読者も迷子にならず展開を追えるようになっているところだ。馬琴なんかだと全部誰かにこれまでのことを教えて聞かせるように処理をしていた（馬琴はたまたま思い出しただけなので特に誰だってよかった）けど、こういうやり方もあるんだなあと。
　最初はページがたくさんあるなあと挫折の予感を抱えつつ読んでいたのだが、フロストのあまりにしょうもない冗談を聴き続けるうち、順応してしまったのか半分を越えないうちから厚さのことも忘れて、おっさん次はどんなくだらないことを言うんだよと期待し始めてしまったり。たまに鼻から笑いが漏れるような面白さの、いやつまらなさのジョークが飛び出すともう３０ページ読もうかみたいな気分になる。もしかすると林家ぺーとの暮らしはこんな感じかもしれない。何年も何年もやっているうちになんか本当に面白くなってきた結果ぺーが言うことが面白くて堪らなくなってくる、だからパー子はあんなにケタケタ笑っているのか。
　ってよそのおうちの話ではなくて、本の話だった。
　誘拐事件の犯人を決定づける要素は、自分には非常に親しい知識だったのだが、まさか利用されるとは思わず「あー、そんな風に使えるんだ」とややびっくり。そして事件の真相には鬱になった。フロストは何度か犯罪を犯した人間を評して「運が悪い」と言っている。見方によっては本作を一貫するのは「運の悪さ」のバリエーションでそれはクライヴがフロストと組むことになったってところから、真相に至るまですべてに響いている。もちろんフロストもある意味では運が悪い。
　昔どっかでアメリカンジョークを言い続けないとまともでいられないアメリカ人たちは相当病んでいるってコメントを読んだことがあるけれど、フロストのへらず口もアメリカンジョークと同じように機能しているのかもしれないと深刻な風に読むことももしかしたら可能かも。読んでるときは苦笑いだけだったけど。
　評判通りに訳文も良かったし、シリーズすべてが年間ベストに食い込む人気シリーズらしいので、続きも是非読んでみたいのだが、壁はやっぱりその厚さで、次の「フロスト日和」と並んでいる姿を見たら、本書が薄く見えたのは、やはりショックだった。どうしようかなあ。（09/08/17追記：結局買った読んだ面白かった）
　
クリスマスのフロスト (創元推理文庫)
R.D. Wingfield 芹澤恵

東京創元社 1994-09
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