万城目学 鴨川ホルモー

 上手いなあ、構成もキャラ立ても、文章も。本屋で「プリンセス・トヨトミ」の帯見たら面白そうだったから、とりあえずどんな作者なのか文庫を読んでみようで読んでみた本作は、2006年の第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞したものだとか。映画にもなってるらしい。
 書き出しから凄く力があると思う。

 みなさんは「ホルモー」という言葉をご存知か。
 そう、ホルモー。
 いえいえ、ホルモンではなくホルモー。「ン」はいらない。そこはぜひ「ー」と伸ばして、素直な感じで発音してもらいたい。
 きっと、みなさんはそんな言葉、ご存知ないことと思う。ひょっとしたら、万に一つ、耳にしたことがある、それに似た雄叫びを実際に聞いたことがある、という方もおられるかもしれない。しかし、意味まではご存じないはずだ。もっとも、それは仕方のないことだ。なぜなら、この「ホルモー」という言葉の意味、さらにはその言葉の向こう側に存在する深遠なる世界を知るためには、何よりもまず"ある段階"に達する必要があり、いったん"ある段階"に達したのちには、とてもじゃないが、他人には口外できなくなってしまうからだ。

 ここまでですでに面白そうな気がしないだろうか。俺はしたんだけど。
 で、こう書かれたらとりあえず、ホルモーという謎の言葉の話なのかと身がまえるわけなんだけど、ホルモーの正体はすぐ明らかになる。もう次のページで明らかになる。

「ホルモー」とは、とどのつまりが――一種の競技の名前なのだ。
「ホルモー」は、いわゆる対戦型の競技だ。相手と競い、勝敗を決めるのが目的だ。競技人数は二十人、敵と味方でそれぞれ十人ずつ。原則として、最後の一人が試合の場からいなくなるまで競技は続き、どちらかが全滅した時点で勝敗がつく。もっとも、最後の一人になるまで勝負が続くことはまれで、実際には、どちらかの代表者が降参を宣言した時点で終了する。
 では、なぜ「ホルモー」なのか?
(中略)
 競技から脱落し、競技者が「ホルモー」続行不可能となったとき、その理由は突如、明らかになる。勝負に敗退した競技者は、大きく息を吸い、鼻の穴を破廉恥なまでに膨らませて、あたりに一切憚ることなく、肺のなかの空気をすべて吐き出し、叫ばなければならない。
「ホルモオオオォォォーッッ」
 と、声の限りを尽くして。

 本書は京都大学の学生を語り手に、この競技「ホルモー」の第五百回大会の推移と、サークルの中の人間関係のうだうだを丁寧に追いかけた青春エンタテインメントであった。タイトル見ただけじゃまったく中身が想像できなかったが(なぜか下町人情話を想像していた。ホルモンからの連想だろうか。)。
 なぜ主人公阿部はこのような競技と関わることになったのか、それは新歓コンパで前の席に座った女の子が素敵な鼻をしていたから。彼女の顔見たさに阿部はサークルに出続け、気付けば「ホルモー」に参戦する運びとなっていた。好きの嫌いのがあり、仲間割れがあり、友情があり、挫折と達成がある展開は非常に上手い。読者のツボに入る筋立て、キャラ立てをよく知っている嫌味なくらいの頭の良さを感じた。喫茶店に仲間が集まってくる場面、クライマックス大会決勝戦での円陣組んだ場面における主人公の台詞などには素直に感動した。あざとすぎる気さえする凡ちゃんとのやりとりも鼻をつまみながら楽しめた。使役者同士の戦いなんてーと、どうしても浪漫の香り漂うというか、宿命だのなんだの重たいものを背負った孤独な人が云々って展開になりがちなんだけど、そういう書き方をしなくても、そのモチーフは書けるんだと示したところも面白い。普通に傑作だろう。

 ただ、野暮を承知で釈然としない気持ちが残ったことも書いておこうと思う。というのは、この「ホルモー」という競技、戦うのは人ではなく小さなサムシング(オニってことになっている)なのだ。人はそれを使役して、オニたちのバトルを指揮する。一回の「試合」に投入されるオニの数は2000体。手持ちのオニはその数を人数で割ったもので、人が「ホルモオオオォォォーーッッ」と叫ぶのはこのオニが全滅したときのことだ。
 で各学校(ホルモーは四校対抗戦で行われる)のホルモーサークルはこのオニを使役する為にオニ語という奇妙な言葉を覚え、それを使ってオニたちに指示をするトレーニングを積み、大会に挑むことになる。
 俺にとって非常に釈然としないのは、このオニたちの扱いである。誰もオニがくたばることを気に止めない。なぜオニたちが殺し合いをしているのか、知ろうとしない。「そうなっているから」で済まされてしまう。オニたちと人間は人間の命令という回路しかコミュニケートの手段がなく、オニたちが何を考えているかはまったく知らされない。オニたちはただ競技に参加して互いに虐殺しあい、死んでいくだけの存在だ。そして主人公その他はそんなゲームをやる一方でサークルの人間関係なんかにうだうだしたり授業に出たりしつつ、毎日を過ごしていく。
 冷静に考えると相当にぞっとする話なんじゃね? という気がした。
 作者は凄く話作りが上手だし、計算は行き届いている。だからこの設定にもなんらかの意図があるんじゃないかという気がするんだけれども、それがなんなのかはよくわからない。わからない以上は意図はないと考えるしかない。そうなると、俺はこの話が大嫌いと言わざるを得ない。すげえ面白いと思うし、他の作品も是非読もうと思うけど、オニから個性のいっさいの剥奪し、そいつらが「ぴゅろお」と死んでいくのを誰も気にしないって作品世界は、どうしても気持ち悪い。オニなんて出さずにプラモ・シミュレーションにでもしてくれたら良かったのに。

 面白いのは認めるし、楽しかったし他の作品も読みたいと思わされたのに、同時に大嫌いだという気分が拭えない、なんとも複雑な読後感だった。


 もっとも、上で言ったようなことが気にならないなら読んで損のない作品だと思われる。


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2013/08/29追記 キンドル版が出ていた。確認時の価格は300円。
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