トーキョー・プリズン

「ねえ、きみ」穴が言った。「民主主義というやつはなにも、それをつくる人たち以上によいものではないのだよ」

 いやあ面白かった。柳広司終戦直後の日本は巣鴨プリズンを舞台に描く密室もの。
 語り手は行方不明になっている友人の手がかりを求めて来日した私立探偵エドワード・フェアフィールド。資料調べに協力してね、って巣鴨まで行ってみたら、交換条件が飛び出した。
 戦犯として捉えられている日本人キジマとともに、プリズン内の密室殺人事件を捜査せよ。
 なぜ日本人が? といえば、キジマが先般ゲーリングの自殺方法を写真を見ただけで当ててみせたから。その場でキジマが過去五年間の記憶を失っていること、戦犯になったのは戦時中に行った捕虜虐待のためで、とんでもないサディストだということなどのデータが提供される。
 フェアフィールドがキジマの独房に行くと、いきなりキジマは一言目、それもまだフェアフィールドが口を開く前からフェアフィールドの考えていること、出身地などを当ててみせる。まさに名探偵な登場。格好いい。
 そしてさっそく捜査が始まる。独房から出られないキジマに代わって、フェアフィールドが巣鴨プリズンの中外問わず動き回ることになる。
 典型的なミステリーの出だしと言えるんじゃないかと思う。テーマは「饗宴 ソクラテス最後の事件(感想)」を引き継いでいる気がするが、おっそろしいことにはあれよりも前に出ている。作者はこの作品で滅多に作品化されることのない地平を言葉に定着させている。
 帯には「著者入魂の傑作戦争ミステリー」と書かれているが、これは微妙に違う気がする。本作は「著者入魂の傑作」なだけである。戦争を題材にしているから戦争の話だとか、密室があるからミステリーだとか、そんな読み方ではこの作品に書かれたものは捕まえられない*1。どちらの要素も単なるダシだと俺には思われた。戦争を書いた作品として読んでも、ミステリーとして読んでも、本作はそこまで面白いものではないからだ。
 そもそも作者が、ミステリーをやりたいとか戦争を書きたいとか、そんな了見で本作を書いたとは、俺には思われない。前半のフックは名作マンガの再利用(こんな堂々とやるかと笑ってしまった)だし、後半のご都合主義的展開にしても緻密な作りからはほど遠く、主眼がミステリーなわけでないことを示していると思う。戦争に関する意見表明にしてもそうだ。これも分かりやすいシンボルだから使っただけで、正面からテーマに据えようとはしていない。
 では柳広司はトーキョー・プリズンで何を描いたのか。我々の立つ世界の土台である。ある種のフィクションを成立させる前提をこそ、柳広司は問うている。それに思い至ったときというか、その狙いが見えてきたときには、痺れたし慄えた。おかげで途中で止められず一気に読了してしまった。なんという幸せな読書。ああ、俺に澁澤龍彦の勇気があったなら、オールネタバレでぶちまけてしまうのに。しかしそれ以上に、この本がずっと絶版にならずに流通していてもらいたい*2。それくらい好きだ。 
 
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2013/06/13追記 キンドル版が出ていたのでリンクしておく。確認時の価格は660円。

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*1:あくまでも私見ね。

*2:から、興味をそぐ可能性のあるネタバレはやっぱりやらない、という繋がりです。読み返したら分かりにくかったので注記。