戯作・誕生殺人事件

『仮題・中学殺人事件(感想)』に始まるスーパーとポテトのシリーズ、まさかの完結編。
 「まさかの」と書いたのは『本格・結婚殺人事件』(読めてない……)でシリーズが終わるものと思っていたから。著者ホームページでもう一本やるというコメント見たときは驚いた。それから延々と待たされてついに出た。『本格・結婚殺人事件』読んでないので、さきに読んじゃうのもどうなんだろうとちょっと躊躇いがあったものの、これを今読まないと、このシリーズ一冊もリアルタイムで読めなかったことになるのかと思い直し、ページを捲った。

青山から北関東のとある町へ移住した牧薩次(ポテト)とキリコ(スーパー)夫婦。亡き義父の願いから高齢出産を決意したキリコは、地元の女子中学生・美祢に住み込みで手伝いをしてもらうことにする。やがて臨月間近の秋祭のさなか、キリコに謎の原稿が手渡される。助産師の息子の書いたミステリ作品らしい。それが、キリコたちに新たな事件をもたらすことになろうとは――。
大きなお腹をかかえ難事件に挑むキリコと薩次、そしておなじみのキャストで贈る、シリーズ最終巻。「犯人は読者だ!」の衝撃作『仮題・中学殺人事件』から40年を経て、ついに迎えるフィナーレ!

 というのが紹介文。北関東の町というのは、『9枚の挑戦状(感想)』などでもお馴染みの鷹取市。台風が近づいてくる中、キリコの陣痛が今にもやって来そうな状況で、話は始まる。
 正直、辻真先のシリーズ作品というのは、知っているキャラクターたちが入れ替わり立ち替わり登場して、わいわいやるのを楽しむというのが正しい享受の仕方ではないかという気がしているので、本書単体での面白さには、さほど期待していなかった。実際、冒頭引き込まれたのだって、ポテトとスーパーの両親がみんな死んじゃってる! という時の流れの衝撃だった(だけに、牧夫妻が子どもを作る決意をしたところで涙腺がやや緩む←冒頭十数ページ目)。
 のだけれども、そういう割り切りをしておけば、これはかなりよくできた作品だ。成功した理由は美祢のキャラクター。すっごい無口なの。余計なことはほぼ喋らない。その結果、微妙に古い若者ことばが出て来ないので、この子でしらけてしまうということがない。山崎ハコの「人間まがい(youtube←リンク切れてたらごめんね)」が好きって設定はさすがに無理あるだろと思ったけど、ネット時代には「なんでその年齢の人がそれ知ってるの?」は愚問だ。何かの弾みで遭遇したですべて説明できてしまう。実際、おれも今初めて聴いた。
 一方女子中学生がいっぱい出てくる場面があって、そこはもう辻真先的ダイアローグになって、「うわ、古い」って一瞬思いもするんだけど、その場面は四十六年前の会話という設定があるので、じつはもっと若い作家がやろうとしてもできないリアリティに裏打ちされている(古いに決まってるよ、四十六年前なんだから)。
 当時の神隠しめいた事件と謎の原稿の話と現在に発生した殺人事件の謎が妊婦のキリコに襲いかかるというのが基本ライン。これにお馴染みのキャラクターのカメオ出演描写がちょこちょこ挿入され、物語は進んでいく。このカメオがあれこれ読んできた身には寂しかった。そこには否応なく老いの陰が忍び寄っている。脇役が立派になった姿も出てくるんだけど、どうしても親しみの情を感じてきたキャラクターたちはしんみりさせられる描写が印象に残った。アリスの猫とかルパンとか(って動物だけか。)
 一方でとても感心したのは、同じく時の流れを書く描写。この十年を表すのに、選ばれたアイテムが「ヤフーからグーグルへ」。二年遅かったらケータイからスマホへだったんだろうけども(最新アイテムとしてはタブレットに至るまで作中の言及ネタになっていた)、今年段階で十年くらいを振り返るときに、こんなに納得できるものだったかと、とても驚いた。これまでこういう描写は(リアルタイムで読んでいないせいで)、貴重な民俗史料という認識だった。今回初めて、生の切り取りセンスみたいなものを体感できて、面白かった。ほかの時事ネタは時代を反映してか、あまり楽しいものではなく、十年後に初めて本書を読む読者は「当時はこうだったんだ〜」ではなくて「この段階でもうこうだったのか」と暗澹たる気持ちになるかもしれない。たぶんこのへんは過去作の最新の空気感をお届けしますってサービスとは取り上げる目的が違っているのだと思う。
感じ方は人それぞれだけど、ぼくは気骨を感じた。
 そして事件は小ぶりな盛り上がりの中、真相へ到達し、謎解きが始まる。ああ、終わっちゃうんだなあ、寂しいなあと思いながら読んでいると、とろとろとろとろと妙にだらだら続いていく。作者もというか、作者こそ、四十年つき合ってきた二人との別れを先延ばしにしたくなっていたのではないかと邪推し、ますます終わって欲しくないなあと思いつつ、ゆっくり読み進めていった。事件の真相はそれほど大きくはなかった。でもそんなことは大した問題ではない。ふたりの姿を見られるのはこれが最後なのだ、と感傷に浸っていた俺は、すっかり忘れていたのである。このシリーズが徹底的に趣向にこだわる作品であるということを。
「なんでミステリーはネタバレしちゃいけないのだ!」
 読了したときに最初に思ったのがこれ。まさかの○○○○○○○○○。
 読み終わった人の中でも少数派かもしれないけど、俺は本当にびっくりしたよ。単体ではそれほど期待しなかったなんて言ってまったくすみませんでした。予想とか期待とかじゃなくてこんなのは想定外です。やられました。
 そんなわけで、本書のカテゴリーは「お勧め本」にしてみた。ただし、なるべくたくさんほかのシリーズ作品を読んでからという条件付き。これを最初に読むような真似をすると、読み所を間違えたまんま読了してもったいない。ぜひぜひ中学生のスーパーとポテトからつきあっていっていただきたい。ってか、創元社さん、シリーズの四弾以降出してください……。ソノラマ文庫探すの疲れた……。『本格結婚殺人事件』もお願いだから文庫化して……。
戯作・誕生殺人事件
辻 真先

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