『急行エトロフ殺人事件』

急行エトロフ殺人事件 (講談社ノベルス)
辻 真先

4061810251
講談社 1982-01
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by G-ToolsISBN:4061810251
「急行エトロフ殺人事件」を読む。ディックの「高い城の男」(感想)みたいな可能世界のお話にしてスーパーとポテトの第8弾。ポテトのお父さんが牧秀策という名前であることを初めて知った。最初に「昭和5×年・秋」という章題で始まり、ポテトが兵役検査を控えていると、驚きの状況設定が説明される。いったいなんじゃ? と思っていると、それはポテト自身の創作であることが明かされるが、今度は昭和19年にポテトとスーパーがいることが判明。しかも太平洋戦争が勃発していない昭和19年。作中作の役割はいろいろあろうが、そのうちのひとつに作中作の外の世界が現実であることを内部から補強するという役割があると思う。作中作の世界から出て、外の現実に着地しようとしたら、そこも違う歴史の世界だった、というこのオープニングは非常に魅力的。
 で、名古屋でスーパーの兄、克郎くんの同窓会が開かれることになって、そこから殺人事件が始まる。地震あり造山活動あり。ゲストに辻真先少年が出てきたり、サービス満点の展開。だけれども、もちろんただ楽しいだけじゃなく、太平洋戦争は起こらなくても日中戦争は依然継続しているという社会背景の中、お国のためにと家は潰されるし、旅行は制限されてるし、子どもはすっかり洗脳済みだしと、暗い世相もしっかり写されている。
 これまで読んだ辻作品のどれよりも、辻シナリオによるアニメを観たときに近い気分になった。最後に発せられるポテトの怒りの声が良い。解決は弱いかも知れないけど、それ以外の部分が良かったので文句をいう気にもならない。面白かった。
 なお発売日が2000年となっていますが、手元にある本の奥付は昭和五十七(1982)年十月五日発行となっています。

追記:2007/08/09

 なんと復刊された!
急行エトロフ殺人事件 (講談社ノベルス ツA- 9 綾辻・有栖川復刊セレクション)
辻 真先

4061825453
講談社 2007-08
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 売れるといいなあ。

追記:2022/08/18
 キンドル版が出ていてしかも期間限定300円だったので紙は処分して電子に切り替えるかと購入→再読。記事の日付を見ると2004年となっているので18年ぶり。
記事本文で「地震あり」と書いたのは、その後辻先生が何度も言及されている「すごい被害が出たのに情報統制された」の例だったなあとわかるようになったり、「お国のためにと家は潰される」は建物疎開(作品本文にも単語が出ているで『ごちそうさん』にも出てきたなあ(興亜パンも)とか、こちらの知識量に合わせて見え方が変わっていた。
 嫌だなあと思ったのは、2004年当時より今読んだ方がキャラクター造形とか世の中の動きとかが格段にリアルだったこと。当時はもうちょっとこうカリカチュアじゃない造形をとか抜け作にも思ったものだったけど、カリカチュアじゃなくて、リアルにこういう奴がいたんだろうし、今も増えてるなという受け取りになった。
 たとえば、

昭和十六年十二月、日本が対米開戦にいたらなかったのは、西のワナメーカー、東の牧秀策が画策したものと一 図に思いこん で、まだ大学に在職していた牧のところへ、拳銃を提げて乗りこんだことがある。
 幸い牧は会議 中で難を逃れ、的を失なった忠南は、その足で二重橋前に行き、拝跪の上割腹した。東朝新報をのぞく他の大手新聞は、それを「 義挙」 として 報道し、 返す刀で牧の柔弱、親米英的講義ぶりをたたい た。
  おかげで牧は、大学に辞表を出す羽目となっ た の だ。

辻真先. 急行エトロフ殺人事件 (講談社文庫) (pp.235-236). 講談社. Kindle 版.

 このくだりなんかは、先日読んだ『記者襲撃』(感想)の前半(取り上げられている出来事が起きたのは本作発表の11年後)だったり、今世紀に入ってからのあれこれだったりを連想した。
 不幸な話であるけれど、発表から40年経ち、一周回って感じられるリアリティーが増しているので、少なくともおれが最初に読んだ2004年より、というよりひょっとすると発表後のいつにもまして、今が読みごろになっていると感じられた。
 あ、それとは別の話として、さりげない伏線の張り方とかすっかり忘れていたけどやっぱり巧みで面白かった。ポテトの予言の根拠とか堂々と目の前に出ていたけどちゃんと隠れてるというか、シンプルなのに効果が高くて感心せざるを得なかった。
 っつーことで、評価を改める。これ、傑作。面白いからみんな読もう。