『はるひワンダー愛(ラブ)』

はるひワンダー愛(ラブ) (光文社文庫)
辻 真先

433470218X
光文社 1985-09
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by G-Toolsisbn:433470218X
 光文社文庫書き下ろしと銘打たれているにもかかわらず、作者のHPでは「週間平凡」連載となっていて、初出がよく分からない。
 あらすじはこんな感じ。

春日はるひは18歳。小柄でキュートな、新宿ゴールデン街にあるお店の人気ママ。警視庁捜査一課の獅子丸太郎刑事と知り合い、彼の家に招かれた。その帰り道……蜃気楼のような〃もの〃に遭遇。以来SF的な出来事が続発!! エイリアンの仕業か、宇宙の神秘か? 二人の恋をめぐるミステリー、活劇、ユーモア傑作小説。

 感想としては、これは書かない方が良かっただろうというのがまず浮かんだ。
 何故そう思うのか説明するために、ひとまず解説の金春智子の言葉を引く。

(「はるひワンダー愛」を)何小説であるか分類せよといわれたら、ちょっと困ってしまいます。
 密室の謎などミステリー的な要素は出てきますが、推理小説ではありません。
 ヒロイン春日はるひとヒーロー獅子丸太郎の恋が描かれますが、恋愛小説でもありません。
 くすくすげらげらと笑う場面には不自由しませんが、ユーモア小説とだけいってしまうと、ちょっと違います。
 誘拐や消音装置つきピストルやヒロインの危機や立ち回りはあるけれど、アクション小説でもないでしょう。
 異星人が登場し、時間が逆戻りしたりなどもしますが、単にSF小説と呼ぶわけにもいきません……。

 解説が基本的に太鼓持ちであること、金春智子辻真先の下でシナリオを勉強したという経歴の持主であることを考えるなら、上の引用で語られている内容の真意は分かると思う。つまり本作は、ある特定のジャンルであると言い切れるような色、つまりセールスポイントのない半端ものということだ。
 密室の解決は本当に適当だし、恋愛と言ったところで、心理の綾が書き込まれているわけでもない。アクションもメリハリに乏しいし、SFアイディアも某漫画家の有名作品始め、あちこちで使われているものの焼き直しな上に、相当ご都合主義で、選択したのは重たいテーマなのだが、書き方が軽いため説得力が生まれていない。
 勘違いしないで欲しいのだが、だから「書かなきゃよかったのに」と言うわけではない。
 辻真先の特色を考えるなら、こうした失敗は割とあり得る。今まで読んできた作品から長所と短所を導き出すなら、辻真先の長所は難しいことを簡単に書くこと(好例は「天使の殺人」)であり、短所は重たいテーマに重さを与えられないこと(典型的な例は本書)と犯罪の動機とその描写が悪い意味で二時間サスペンス的なことである。
 つまり本書は失敗作としては標準作の域に止まり、楽しもうとするなら、軽く書かれたテーマを主題相応の重さを付加して受け止めてあげるという作業をすれば足りる。この水準の他の作品を読んだなら、「出すな」とは思っても「書くな」とは思わない。「出すな」の場合、疑われるのは光文社の見識の方であるとさえ思う。
 ではなぜこれに関してだけ「書かなきゃよかったのに」と言わなければならないのか。
 それは本作がよりにもよって、翌年単発のテレビドラマになってしまい、本当によりにもよって、その脚本を書いたのが三谷幸喜で、さらによりにもよって、その脚本が三谷幸喜のテレビドラマデビュー作となってしまった*1という事情による。つまり作品の出来以外の要素で時の風化に抗う可能性があるわけで、それは作者にとっても作品にとっても不幸なことだと思うのだ。何故、他にも多くの作品があるのに、その中には面白い作品だって少なからずあるのに、目をつけられたのがこれで、チャンスを与えられたのが三谷だったのか。テレビの神様がいるとしたら、ちょっとひどいと思うぞ、マジで。

2013/06/13 キンドル版が出ていた。確認時の価格は420円。リンク張っておいてこんなこと言うのもなんだけど、同じ作者の別作品を読むほうが楽しめると思う。お勧めはこちらのエントリに挙げておいたので、もしよかったら参考にしてみてね。

はるひワンダー愛(ラブ) (光文社文庫)
辻 真先

B009KZ5PL0
光文社 2005-09-29
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