小林英樹 ゴッホの遺言

ゴッホの遺言―贋作に隠された自殺の真相
小林 英樹

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情報センター出版局 1999-04
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自らの耳を切り取り、精神の病との闘いに疲れ、狂気の果てに、死を選んだ炎の人…従来のゴッホ像は捏造である!ゴッホはいかに生き、いかに死んでいったのか、その偉大な魂とは?美術史の定説をくつがえす衝撃のノンフィクション。

 アムステルダムのファン・ゴッホ美術館(ウェブサイト)に所蔵されている「アルルのゴッホの寝室」のスケッチは偽物だ、ということを証明しようとする第4章は非常に面白い。著者が美術講師であることもあってか、分かりやすく、かつ生き生きとゴッホの技法を解説している。が、少々ゴッホに入れ込みすぎているように感じられて、正直、他の部分では引くことが多かった。特に義理の妹ヨーへは辛辣で、ところどころ首を傾げざるをえない。

 それぞれが追いつめられた状況下で、立場こそ異なるが、ゴッホとテオは、みんながともに生きられる方法はないかと模索したのに対して、一人、ヨーだけは、違っていたようである。
 緊急を要する問題を真剣に話し合おうと必死で呼び留めるゴッホの意見を無視し、ゴッホを交えての話し合いを拒否するかのように、予定の時期を早めて五〇〇キロも離れたオランダにヨーは旅立ってしまった。あくまでそこにとどまり、必死に解決を見出そうと模索したゴッホ兄弟との違いが如実に現れてしまった。
 ゴッホも、愛する夫テオも自分の恥をさらすことを恐れず、率直に、自分の考えを主張し、ともに生きる解決方法を模索しようとした。
 両立し難い画業と自分たちの生活を最後まで放棄することなく抱え込みながら、ともにぬかるみにはまったまま、その荷の重みでぬかるみから抜けきれない馬車馬のように、二人は朽ち果てていった。
 その苦しくも胸を打つ姿を目のあたりに目撃したのはヨーではなかったのか。
 ヨーには自分の夫と夫の兄のその悲痛な叫び声が聞こえてこないのか。彼らの肌のぬくもりが伝わってこないのか。

 抜粋部分を読むと一瞬、すごい嫌な女に読めるのではないかと思うのだが、ここの場面設定は「ゴッホの生活の面倒を見ていた弟が昨年結婚、半年前に子供誕生。どうにもテオの稼ぎでは兄のところと自分の家の生活費全部をまかないきれません」という感じ。ここで「みんながともに生きられる方法」を模索しようと呼びかけるゴッホは、やはり勝手な野郎だなあと、俺は思うのだけどどうだろう。
 ゴッホ兄弟のあいだでは、送金が習慣化していただろうから、「困ったなあ」と思っても、そこには触らないでなんとかならんかねえ、という感じだったのかもしれないが、嫁に来たヨーにしてみたら、家計を圧迫してまで、売れない画家である義理の兄の面倒を見なくちゃ行けないのは理不尽だと思うのは、自然な感情に思われる。
 著者には良い絵を描く絵描きは周りに扶養されて当たり前という思いこみがあるのではなかろうか。たぶんゴッホがあんまりにも好きで、どうしても肩入れしちゃうってだけなんだろうけど。
 まあ、そんなわけで贋作の証明部分だけ非常に説得力があったものの、これはあくまで「魂のノンフィクション」なんだと思った。最後の部分で、ゴッホの遺言を自作してしまうあたりとかも。
 あ、でも熱気は凄いんで引き込まれることは引き込まれます。心情の推測部分に冷静さがないことを除けば展開も面白かった。人によってはハマるんじゃないだろうか。

そうそう本書でゴッホを認めた最初の人の内のひとりが「オーリエ」という人だったことを知った。ウィキペディアを調べても立項されてなかったので、英語版の方を眺めてみたり、フランス語版を見てみたりした。

 ジョルジュ・アルベール・オーリエ(George-Albert Aurier) 1865.5.5〜1892.10.5
 フランスの詩人・評論家・画家。象徴主義運動に尽力した。1890年1月、「メルキュール・ド・フランス」誌に「Les Isolês ; Vincent Van Gogh」を掲載(記事は英語版がこちらで読める)。