米澤穂信『ボトルネック』

 兄が死んだと聞いたとき、ぼくは恋したひとを弔っていた。

 と、将来「名作の書き出し百選」に収録されそうな一文(よくこんなの思いつくよな)から始まる物語は、文庫版のあらすじ紹介によるとこんな感じ。

亡くなった恋人を追悼するため東尋坊を訪れていたぼくは、何かに誘われるように断崖から墜落した……はずだった。ところが気がつくと見慣れた金沢の街にいる。不可解な思いで自宅へ戻ったぼくを迎えたのは、見知らぬ「姉」。もしやここでは、ぼくは「生まれなかった」人間なのか。世界のすべてと折り合えず、自分に対して臆病。そんな「若さ」の影を描き切る、青春ミステリの金字塔。

 最後の二文はどうなのかと思うけど、だいたいこんな話で、並行世界に迷い込んじゃったのか? という疑念を抱かせつつ、いやこれミステリでしょなんかトリックが仕掛けられているんじゃねーの? と思わされて、一章読み終わる頃にはもう夢中。これはいったいどうなるわけとこんなに思ったのは、「オーデュボンの祈り」で憂悟が殺されたとき以来かもしれない。
 初対面の「姉」と巡る、知っているようで知らない世界の探求は実に楽しかったし、青臭い青臭いという前評判だったものの、この設定ならそれは青臭いんじゃなくて、リアルな造詣ってだけじゃないかとも思った。
 正直に言えば、全体を青臭いと言っておいて、最後を衝撃的とかいう人は設定を無視しすぎだ。すべては大変ロジカルに語られている。

 それゆえに、俺はこの作品が好きになれない。面白いけどね。

 なんで好きになれないのかって話がネタバレにならないようにできるのかいまいちわからないし、あれこれ持論を並べることを封じるような文章が本書の中にあったので、これを見て、あれこれ言いたくなるのを我慢することにする。以下、その部分。ちなみに本書にはいくつも好きな文章があったが、これもそのひとつだ。 

生き様も経験も、抱く感想さえ薄っぺらな男、頭一つ抜きんでることなど一生できないだろうこいつのどこに、生きる甲斐があるのか。ひとの受け売りをもっともらしい顔で並べ立てるのが、馬鹿らしい。自分が何も考えてないことに気づきもせず説教しているつもりになっているのが滑稽だ。

 ぶっちゃけた話、このくだりを引用したいばっかりに起こしたこのエントリを起こした。書き写してみたいとか、それについてなんか言ってみたいとか思わせるのは、すでに優秀な作品である証拠だと思う。実際、売れていると評判の「ミレニアム」は1を面白く読んだけど、これといってなんか書きたいということはなかった。本書はすごく良くできているし、ただ読み捨てておしまいってだけの本でもない可能性は結構高い。一読する価値はあるんじゃないかと思う。

ボトルネック (新潮文庫)

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