高木彬光『大東京四谷怪談』

大東京四谷怪談 (角川文庫 た 6-8)
高木 彬光

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角川グループパブリッシング 2008-06-25
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トリックなんかなくても面白く小説を書ける。

それこそが、高木作品が長く愛され続けている理由だと思います。

 と帯に京極夏彦のコメントが載っていたのだけど、なかなか言い得て妙だった。
 本書は「陽気な未亡人」村田和子とアナリスト墨野隴人が事件を追うシリーズの第3弾らしい。一作目は「黄金の鍵」、二作目は「一、二、三―死」というタイトルなのだとか。「一、二、三―死」は見覚えがあるような気がしたが、現在はどちらも絶版のようだ。(追記:現在はどちらもキンドル版で入手可能。黄金の鍵〜墨野隴人シリーズ1〜 光文社文庫一、二、三――死〜墨野隴人シリーズ2〜 光文社文庫 個人的には後者のラストがなかなか衝撃的だった。)

 で、大東京四谷怪談なのだけど、あらすじはこんな感じ。

「現代版四谷怪談」を書き下ろす劇作家のもとに、お岩を名乗る女から執筆を中止せよと再三脅迫電話がかかる。そして、その言葉を裏付けるように、お岩の蠟人形を制作中の職人が殺害された……これが、四谷怪談をなぞる連続殺人の幕開けだった。陽気な未亡人こと私・村田和子は、謎の名探偵・墨野隴人と共に事件解決にのりだすが――?格をきわめて格を破る、本格、変格ならぬ、破格探偵小説!

 そんな感じで前半は手際よく四谷怪談の粗筋が纏められていたり、思わせぶりな卒塔婆が立っていたりしつつ進み、やがて事件が起きるのだけれども、本書がちょっと不思議な感じなのは、語り手村田和子が事件の最中であっても「こんなことをしたら墨野がどう思うか」とか「今夜墨野は家に泊まってくれないか」とかある女性を苗字から名前で呼ぶようになったプンプンとか、そんなんばっかり言っているところで、なんつーか雑念ばかりだ。だがそれが妙に個性的な語りにも見えて、これはこれでありだなあと思った。
 巧妙な伏線がちりばめられて最後にそれがカッチリはまります、という印象は残らなかったけれど、帯に書かれたとおり、それでもこの作品の次のページを捲らせる力は確かで、今まであんまり意識していなかったけれど、高木彬光は会話文が上手なのかも知れない。
 もっともこのメリー・ウィドー、妙な先入主を持ってはいけないと自分に言い聞かせながらも、ある人物の顔を見て、

○○の眼が、裏切者の相といわれる三白眼だと気がついたときには、何となくこわくなって来た。
 それにその頬骨は異常なくらい高くつっぱっていたし、右のほうには気になるような黒子もあった。歌舞伎の『天保六歌撰』では、上野の御使僧に化けた河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)が、高頬の黒子から自分の正体を見破られ、扇をおとしてよろめく場面もあるが、ここの黒子は人相学者にいわせると、犯罪者になりかねないくらいの叛骨、謀反気の持ち主だということだし、そういう眼で見ればこの○○○○も危険人物だというほかはなかった。
 それに、その親指は両方とも、いわゆる蝮指と言われる凶相だった。わたしの読んだ手相の本には、七年以下の刑期はない重罪刑務所を参観した著者は、この三白眼と蝮指の持ち主がうじょうじょいるのにおどろき、そして手相学の真理を再確認したと書いてあった。

 などと、偏見丸出しのコメントを宣ったりして、はたして陽気なのかと訝しい思いがぬぐえなかった。まあ、これはまるっきり作者の趣味だろうけど。
 んで、これを読みながら、「ミステリの犯人は他人と共有できない価値観を武器に、世間様へ無謀な戦いを挑む弱者なんだよなあ*1」などと思って、ちょっと犯人全般に同情気分を抱いていたのだけど、今朝起きたら平塚で通り魔事件なんかが勃発していて、それが俺の思い描いたミステリにおける犯人イメージまんまっぽく、ちょっと複雑な気分になった。
 そんな脱線はさておき、本書は、別に必読とも思わないのだが、読んでも決して損はしない、プロの仕事が楽しめる作品だと思う。しかしガチガチのロジックが好きな人はスルーしても構わないんじゃないかとも思う。

2013/06/13追記
久々に確認したら、もう品切れにだった。Kindle版(光文社文庫のだけど)を見つけたので、リンクしておく。確認時の価格は420円だった。
大東京四谷怪談〜墨野隴人シリーズ3〜 (光文社文庫)
高木 彬光

B009KZ5M1S
光文社 2006-07-13
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*1:作品とはほとんど関係のない思いつきである。