Aravind Adiga The White Tiger

 追記:2009.02.12もうすぐ翻訳が出るらしいので一応追記。本エントリには「グローバリズム出づる処の殺人者より」のネタバレが含まれます。


 2008年ブッカー賞受賞作品。作者はインドとオーストラリアの二重国籍を持つ人で、タイムのインド支局で働いていたこともあるらしい。本作で作家デビュー。
 形式はインド人の起業家が、中国の国家主席に英語でメールを送るという形で、そこで語り手の半生が語られる。語り手は21世紀はイエローとブラウンの時代ですよ、主席! と語りかけるのだが、描写されるインドはカーストの縛りと汚職が渦巻いている。優しさとか愛とか一切抜きで、これは他の国の人には書けないなあと思った。
 語り手は人力車引きの子供として生まれる。そこから抜け出して金持ち(インド人)の運転手の職を得る。雇い主はアメリカ帰りで、語り手を人間らしく扱おうとするが、ちょっと気を抜く拍子には、やはりカースト思考が顔を出す。
 語り手のメールはそうしたあれこれを重く書くわけではなく、やけっぱちの明るさで綴っていく。ほんのすこしでも弱い立場の人間がいたら、骨までしゃぶってやろうとお互いが身がまえる姿、強い者にへつらい、弱い者にもたれて、自分のポジションを可能な限りよいところに置いておこうとする姿を、悲惨でも嫌悪でもなく滑稽として描いているので、なんとか読めるって感じ。
 そうした中で主人公は自らをホワイトタイガーになぞらえる。それは一世代に一頭だけ生まれる虎だ。それくらい低い確率しかない貧しさからの脱出に、語り手は成功する。雇い主を殺し、金を持ち逃げすることで。ここがクライマックスになると思うんだけど、そこに至る葛藤みたいなものはほとんど書かれていない。あったのかもしれないが印象に残らなかった。主人公は殺人のあと悪夢にうなされたことを告白するけれど、その悪夢の内容は「自分が殺しをしないで、まだ運転手を続けている」というもので、目を醒まし「そうそう、ちゃんと殺したんだった」と思い出すと安心する、なんてことも書いてある。これはちょっと新しい気がした。
 最後の一文もとってつけたようでありながら、すごく良い。もっとも、これは作者がオーストラリアに移住したあとアメリカでも暮らしていたって経験が影響している価値観の表明とも取れるので、リアリティとしてはどうなのかという気もする。逆に言うと、アメリカナイズされたインド人の解釈によって初めて、語り手の言うことが理解できるようになるのかもしれないが。
 サクサク読めたし、語り口は好きなんだけども、こうやって感想を書こうとすると、あとにのこる感じは微妙だ。語り手はrooster coopから脱出したと言えるのだろうか。語り手だけではなくて、作者自身も。あるいは「この悲惨さを支えるのは、インド人の奴隷根性です。しかしそれを風刺するようなこの作品を、ぼくはマスターである白人様が満足できるように書いています。これもぼくがrooster coopから逃げられていないからであって、あんたらが正しいからってわけじゃないですよ」ってことまでが射程に入っているのかな。「どっちも英語が話せないけど、この世には英語でないと言えないこともあります」って書き出しからして。(翻訳されるとき、このニュアンスがどうなるのかは気になるところ)

 ところで下のバージョン情報は来年の三月発売になっているんだけど、いま書店で買える奴の表紙はこのデザインだった。他の表紙より格好いいと思うので、仕方ないからまだ発売されてない方のバージョンにリンクしておく。

The White Tiger
Aravind Adiga

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追記:090214翻訳が出た。
グローバリズム出づる処の殺人者より
Aravind Adiga 鈴木 恵

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 タイトルが豪快に変わったな。