ダミアン・トンプソン 矢沢聖子 訳『すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠』

 カウンター・ナレッジ(デマ)の危険性に警鐘を鳴らす本。

疑似科学や疑似歴史学を鵜呑みにするのは変人だけだと思われがちだ。陰謀論のようなこじつけに引っかかるはずがないと、たいていの人は思っている。だが、現実問題として、いまほど誰もがそうなる危険にさらされている時代はないのである。

 というのが著者の問題意識。具体例として取りあげられるのは、9.11関連ドキュメンタリーの「ルース・チェンジ(googleビデオ)」(9.11はアメリカ政府が仕組んだ陰謀だという話。世界中で一億人が見たという制作元のコメントが引用されている。出てくる専門家の多くが「アメリカン・フリープレス」(AFP)という反ユダヤ主義の通信社が用意した。)、創造論グラハム・ハンコックなどから、引き寄せの法則、健康法、アロマテラピー、「1421」(ギャヴィン・メンジーズのベストセラー。中国の艦隊が15世紀の初めに世界一周をして、オーストラリア、ニュージーランドグリーンランドマサチューセッツカリブ海沿岸およびブラジルに上陸もしくは入植していたと主張)など。
 著者は、こうしたカウンター・ナレッジはこれまでも常に存在してきたが、インターネットの登場により、流通のスピードと範囲が飛躍的に上がったことと、このような知識へのアクセスが容易になってしまったことに危機感を覚えているようだ。
 たとえばイギリスの栄養セラピスト、パトリック・ホルフォードが「抗HIV薬として初めて処方されたAZT(アジドチミジン)は潜在的に有害であり、ビタミンCほど効力がないことが判明している」(実際には、そんな研究はされたことがない)という主張をしたり、ドイツの内科医、マサイアス・ラスが「エイズ自然治癒力で治せる」といった主張をしたりしたことが、アフリカで影響力を持ったりするのを読むと、なるほどこれは危機感を持つだけのことはあるわと思った。
 で、デマやとんでもにやられやすい俺としては、いったいどうして世の中にはデマが横行するわけよ? と思うのだが、著者はデマが出たときにそれを暴いたり、そのデマと矛盾する大規模な研究を公表しようとしない知識人のだらしなさに原因を求めている。というのも「大学教授や医師といった専門家に対して、私たちは事実と検証されていない仮説との区別を明らかにしてくれるものと期待している」からだ。そうした早い段階で潰されなかったデマはインターネットのもたらす「真実の平坦化」を通じて、事実のような顔をし始める。
 ではそうしたデマにどう対抗していけばいいのか。どうすればDHAで頭が良くなると思わずに済むのか。著者の処方箋は「ブロガーによるカウンター・ナレッジへのゲリラ攻撃」だった。なんと。それならもう日本でもやってるじゃん、「ゲーム脳」のときとかに。

 読み終わってまず思ったのは、この秀逸なタイトルが中身に合っているのかという疑問だった。あきらかに「世にはびこるデマのはなし」みたいな内容で、「どうして人はデマを受け入れてしまうんだろう」というところはあまり触れられていない印象だった。
 タイトル通りの中身を読みたかったので、本書で紹介されていた「なぜ人はニセ科学を信じるのか」もそのうち読んでみよう。

追記:わかった。すすんでダマされる人たちって、それの消費者じゃなくて、カウンター・ナレッジを使っって商売してる人*1たちのことなのか。それなら無理なタイトルじゃないかもしれない。それでも原題COUNTERKNOWLEDGEを素直に使った方がわかりやすかったんじゃないかと思うなあ。

追記2:なんか釈然としない気がしていたのが何だったか、すこし見えてきたのだが、ここで展開されているメディア批判は、もしかしてそれ自身、カウンター・ナレッジの温床になる危険があるかもしれない。ってのは、煎じ詰めるなら「メディアがデマを流してます」ってメッセージになってしまうわけで、そこから「メディアの取りあげないこれこそ真実」みたいな受け取りまではあと一歩じゃなかろうか。情報とどうつきあうかは、本当に難しい。
関連リンク:幻影随想: 南アフリカのAIDS事情はヤバすぎる

すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠
矢沢 聖子

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*1:「1412」の記述に基づいて15世紀にオーストラリアに我が国の艦隊が到着したと言っちゃう政治家とか、売れるからって理由でデマを売りにかかる出版社とか。