『贋作『坊っちゃん』殺人事件』

贋作『坊っちゃん』殺人事件 (集英社文庫)
柳 広司

4087478033
集英社 2005-03-17
売り上げランキング : 164152
おすすめ平均 star

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
 第十二回朝日新人文学賞受賞作。親本の刊行は2001年。
 誰もが知っている名作「坊っちゃん」を下敷きにした推理小説
 とまだ二行しか書いてないのに嘘ついた。「誰もが知っている」とか言ったが、実は俺、読んだことがなかった。
 誰に言っても笑われるくらいだから、きっとみんな読んでいるのだろう。というわけで、本書を読む前に「坊ちゃん」を読んでみたら、何が痛快なのかと世間の評判に怒りを覚えるほど憂鬱な話で嫌になる。これを痛快とか言って生徒に勧める先生やそれを真に受けて面白いとか抜かす生徒は、本当は読まなかったか、何も読めなかったかのどちらかであろうとさえ思った。もっとも「痛快」っつーレッテルさえ外れてくれれば、信用できない語り手による騙りを行う漱石の書きぶりは、田山花袋の蒲団(1907)よりも早い時期*1のものであることを考え合わせれば、非常に前衛的であると思う。
 で、「贋作」である。
 物語は「坊っちゃん」の三年後から始まる。不意に現れた山嵐から赤シャツが実はふたりが四国を離れたその日に自殺したと聞かされ驚く坊っちゃん山嵐は「赤シャツが自殺したと思うかい。おれは行って、赤シャツの死の真相を確かめようと思っている。」と告げる。坊っちゃんは親譲りの無鉄砲で山嵐に同行し、再びあの嫌で嫌で仕方ない田舎へと向かうことに。
 序盤は漱石の文体パロディにしては「おれは」が多すぎると思いつつ読み進めていったのだが、すぐに柳による「坊っちゃん」世界の読解に引き込まれ、一気に読んだ。単純で浅ましいばかりだった「坊っちゃん」の世界が権謀術策渦巻く「殺人事件」の世界へと変貌していく姿は一見の価値があると思う。クライマックスも非常に良い。漱石は良い読者を持ったと思う。
 本書最大の不満は三浦雅士の解説で、本書を手に取った人はくれぐれも先に読まないように、つまらないあらすじ紹介ですべて喋っている上に、適当に読み飛ばして書いたと思われるような内容。細かい表現の元ネタを教えてくれるのはありがたいから削除しろとは思わないが、先に読むと興をそがれること請け合いだ。

2013/08/26追記
版元が変わって、角川文庫に入ったみたい。
贋作『坊っちゃん』殺人事件 (角川文庫)
柳 広司

4043829051
角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-11-25
売り上げランキング : 66107

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

*1:この際蒲団はどうでも良くて、漱石が時代の先を行っていたということが言いたい。