佐々木丸美 崖の館

 我慢はするものだ、という希有な教訓のあった作品。帯に「伝説の作家が贈る〈館〉三部作」とあるのに興味をひかれて読んでみた。伝説の作家で館で三部作。読んでみたいじゃないか。ところが、ところが、これが非常になんともはや。
 おっと一応あらすじを紹介しておく。

財産家のおばが住まう崖の館を訪れた高校生の涼子といとこたち。ここで二年前、おばの愛娘・千波は命を落とした。着いた当日から、絵の消失、密室間の人間移動など、館では奇怪な事件が続発する。家族同然の人たちの中に犯人が?千波の死も同じ人間がもたらしたのか?雪に閉ざされた館で各々推理をめぐらせるが、ついに悪意の手は新たな犠牲者に伸びる。

 で百人浜に建つ白い館(様似の人里から14キロ)に語り手の涼子一行が辿り着いてお話スタート。いとこ同士に惚れたのはれたの芸術がなんだー人生がなんだー二年前の事件がどうしたーって話が続いていく。この語り口が俺にはキツかった。解説の若竹七海によれば、「繊細な感性を持つ思春期の少女・涼子の少女らしい、リリカルで甘い文体による一人称」ということなんだが、正直なんじゃこりゃと思った。おそらく語り手に対して「良い子だ」という評価もあり得るのかもしれないし、そういう人なら「そうよそうよ」と思って読めるのかもしれないが、俺にはそう思えず、語られるのもやっかみと自己弁護にしか見えなかった。


 無論、それも作者の戦略なんだろうからどっかでこの語り口自体がキーになるだろうという期待なんかを抱えて我慢して読み進めていった。この前半が我慢のしどころという奴で、それを過ぎた中盤になってキーはしっかりと効果を持ち、素敵な展開になる。そこからは結構面白く読み進むことができた。キャラの役割や構図がくるくる姿を変えるところとか凄く良かったし、途中でバッドエンドめいた方へ行くところもワクワクした。ブラフの使い方も上手。っつーことで最終的には結構楽しめた。確かにこんな書き方でミステリやる人はあんまりいないだろうし、広く人気を博すわけではなく、しかし熱烈な読者を手に入れそうな感じ(実際、マルミストなる言葉があるらしい*1)は、「伝説の作家」という称号が相応しい。かなり疑いを持ったけれども、最終的に看板に偽りはなかった。


 普段このレベルで「嫌だ」という語り手にぶつかると放り出してしまうのだけれども、今後はちょっと我慢してみようと思う(ちなみにこれを我慢できたのは小鳩くんのシリーズで我慢した甲斐があったから)。


 それはさておき、本作を館もの扱いするのはちょっと疑問が残る。確かにずっと館の中の話ではあるし、密室だとかも出てくるし、クローズド・サークルとかいう展開を取っている筋立てではあるけれど、ポエムな心象風景ばかり全面に押し出されているせいか、舞台が館であることなんて、ほとんど意識できなかった。いったいここはどんなお家なんだろう。
 あと読み終わった後の印象が似てるものは何かなあと考えたら、パッと見全然違うはずなのに「ひぐらしの鳴く頃に」が近いんじゃないかという気がしてならなかった。いや呪いは出てこないし、少女の絵が出てくるけど、それは「ひぐらし」じゃなくて「うみねこ」なんだけれども、やりたいことは近いんじゃないかなあと思った。会話が固いところも似てるかも。
 三部作のあとふたつは「水に描かれた館」と「夢館」というらしい。せっかくだからそのうち読んでみようかなと思う。
 ところで、このラストはいくらなんでもあんまりじゃないかと俺には思われたんだけど、どうなんだろう、ありなのかなあ。

追記:あちこちの感想を読ませてもらったところ、「レベッカ」と同じくヒロイン不在の物語だという指摘があって「なるほど」と思った。あと結構少女小説として読まれているみたいだという印象。個人的には本作ってミステリー要素、結構強いんじゃないかと思ったので意外な気がしなくもない。
 そして見た範囲で一番面白かった感想はこちら「戦慄した ymd-yの日記」。この感じ、すげー分かるわ。

崖の館 (創元推理文庫)
佐々木 丸美

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