Wilkie Collins The Moonstone/ウィルキー・コリンズ 中村能三訳 月長石

 やっと読み終えた。という感想がまず第一にやってくる古典的名作。邦訳770頁、原書472頁。邦訳版解説によれば連載されたのは1868年(明治維新の頃)。先日読んだ「The Suspicions of MR Whicher: or the Murder at Road Hill House(感想)」の扱うロードヒル・ハウス事件が元になっている話で、T.S.エリオット曰く「もっとも早く書かれた、もっとも長い、もっとも素晴らしい推理小説」。
 物語はこんな感じ。

インド寺院の宝〈月長石〉は数奇な運命の果て、イギリスに渡ってきた。しかし、その行くところ、常に無気味なインド人の影がつきまとう。そしてある晩、秘宝は持ち主の家から忽然と消失してしまった。警視庁のけんめいの捜査もむなしく、〈月長石〉のゆくえは杳として知れない。「最大にして最良の推理小説」といわれる古典的名作の完訳。

 陰謀あり、片思いあり、愛あり、秘密あり、トリックありと盛りだくさんで、語り手もくるくる変わるなど、サービス精神満点。特に開巻の語り手ベタレッジが良い味を出している。ロビンソン・クルーソーが大好き(おまじない代わりにロビンソン・クルーソーの本にお伺いを立てるところなんか素晴らしいと思う)で主人一家への忠義一筋なこの老人はダイヤモンド消失事件でカッフ刑事(本編の名探偵)から気に入らない「真相」をほのめかされると「わたくしは合理など超越していますので、そんな屁理屈聞く耳持ちません!*1」などと言ってしまう。推理小説の語り手なのに。ほかに好きだったのは非モテキャラ、エズラ・ジェニングス。最後"Peace! Peace! Peace!"って叫びながら死んでいくところが可哀想だった。
 

 コリンズの英語は古さを感じさせるところは多少あるものの全体的に読みやすく、雑誌連載という出自のお陰か、どの場面も次が気になるように書かれていて、時間はかかりまくったものの、投げ出したいとは思わなかった。明治初年の作品であることを考えると、英語の古び方と日本語の古び方はすこし違うのかもしれないと思ったり(って、これは言文一致運動とかの問題なんだろうか)。

 一方で1962年に出版されている邦訳は、自分にはたどたどしくて辛い訳文だった。解説の「原本の神髄を伝えるよう配慮されている」ってところは疑問符をつけておきたい。読みながら頭に浮かんだのはニュースの同時通訳の雰囲気。こんだけの分量を紙の辞書と手書きで日本語に置き換えたことはどこまでも称賛したいけど。

 光文社古典新訳文庫で新訳作ったりしてくれないだろうか*2。そうしたらもっと読まれると思うんだけどな。中身はいま読んでも十分楽しめるという気がした(あそこがいいとか、ここがいいとか言えないのが辛い)。

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2013/06/15追記
英語版のキンドルヴァージョンを見つけた。無料だった。
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*1:大意としてはこんなことを言っていたはずである。

*2:ちょっと偏見的な描写もあるので、難しいかもしれないが