表紙の猫があまりにも凛々しかったので読んだ。著者のクリスティアーネ・マルティーニはブロックフレーテ（なんじゃそりゃ？）の演奏家で古楽器アンサンブルの指揮者、作曲家として活躍しつつ、児童書の執筆なんかもしてきた人らしい（本書著者プロフィールによる）。
本書はそんな著者がはじめて手がけたミステリー。と書くのに、一抹の躊躇を覚えるっていうか、端的にウソついたゴメン。死体は出てくるし、ヴィヴァルディの楽譜を巡る謎らしきものも出てくるけど、全然これはミステリーじゃない。これがミステリーなら土曜ワイド劇場はすべてガチガチの本格だと言えるはずであるくらいミステリーから遠く離れている。
では本作は何かっちゅーと、現代を舞台にしたお伽噺なのだと思われる。その点、同じ猫探偵を標榜しつつも前回エントリよりもさらに猫に焦点があっている。
そこがたまらない。
まず主役、探偵役をつとめるのは、ベネツィアの猫グループのボス、カルーソー。こいつの登場シーンで、俺はもうどんだけ詰まらなくても、最後まで読むことを決めてしまった。
夕闇をつらぬいて、低くやわらかな猫の声が響いてきた。ヴェネツィア中でもっとも誇り高い雄猫のカルーソーが、大運河（カナル・グランデ）にほど近い、見事な装飾のほどこされた噴水の縁（へり）にすわって歌っているのだ。この時刻になるといつもボスのまわりに集まってくる仲間の猫たちは、うやうやしく、その声に耳を傾けていた。
カルーソーは高いハ音を出そうとして、そのほっそりした体をぴんと伸ばした。
「ニイイイイイ」という声を、ずっと遠くまで響かせたあと、カルーソーは頭を下げて調子を変え、少し低めの、うっとりするように甘く美しい声で、「ニャウーニャウーニャアアアアーアウーアウオオオ……」と歌った。
仲間の猫たちは感動のあまり、喉をゴロゴロ鳴らしていた。赤毛のロッシは敏捷なフレドに目くばせした。こんなふうに歌えるのはカルーソーしかいないと、その目は告げていた。おれたちのボスは文句なしに最高だ。
このような素晴らしいオープニングから一転、カルーソーの歌声を聴いていた猫たちの下へ、死体発見の報せが届く。ボス猫カルーソーは決断する。
「もし、このヴェネツィアで謎めいた殺人事件が起きるという噂が広まったら、たいへんなことになる。ヴェネツィアにとっては一大事。われわれにとっても一大事だ。みんなも知っているように、人々は何よりもゴンドラと運河に惹かれてここへやってくる。もし、ゴンドラに死体が横たわっていて、何が起きたのか確かなところはわからないとしたら、しだいに観光客の足は遠のくだろう。人々は不安になって、むしろ家に留まるようになる。それが何を意味するかは、おまえたちにもわかるだろうな？」
カルーソーは挑むように、ぐるっと見まわした。
「あたしたち、もう魚市場にも行けず、魚の屑にもありつけなくなるわけ？」
（中略）
「そのとおりだ」彼は認めた。「そのとおり。もし観光客が来なくなったら、ホテルは出費を抑え、しまいには閉鎖せざるを得なくなる。つまり、われわれ猫たちにとって、これまでとはがらりと変わった厳しい時がやってくるわけだ！」彼の赤い毛が夕日の暖かい光を浴びて、炎のように輝いた。「そうなってほしいか、みんな？」
（中略）
「人間どもに示そうじゃないか。ヴェネツィアは、犯罪が起きても決して解明されないような、ほかのいかがわしい町とは違うんだということを」
というわけで捜査が始まる。部下のウーノが情報収集に飛び出していって、一休みして身体を舐め、余所のメス猫のお宅に忍び込んで一緒にご飯を食べ、一眠りする。起きたら彼女の恋人がいてさあ大変……と、こんな感じに事件は後景に引っ込んで猫たちが餌を食べたり身体を舐めたりするのである。で、わずか２００頁足らずで事件も解決してしまう。当たり前だ。なぜってこれはミステリーなんかじゃないからだ。猫ミステリではなく猫ミステリであるところは滅茶苦茶強調しておかねばならないだろう。ただもうちょっとダメもとで読む人が増えると、結構喜ぶ人も多い気がする。というのは、本書の展開とか場面の作り方とかが、ディズニー製作の実写映画（俺の頭に浮かんだのは懐かしの「ラブ・バック」シリーズだった）とテンポがそっくりなように感じられたから、たぶん呼吸の合う人が多いんじゃないかと思う。謎なんて飾りである。解決なんてどうでもいい。ひたすらに猫たちが可愛かったので大満足。本国ではシリーズが３本目まで出ているそうなので、ぜひとも全部訳出していただきたい。
で、読み終えて解説を読み進めていたらさ、猫ミステリーについてのブックガイドなんてのが始まっちまったのね。逆らいようもないので、ちょこちょこと読んでいこうと思った。すげーいっぱいあるよ！
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