滝田務雄『田舎の刑事の趣味とお仕事』

 はじめてオリジナリティという言葉を、具体的に「こういうものだ」と定義してくれたのは、駿台で現代文を教えてくれた霜栄という先生だった。もちろんそれまでにだって、オリジナリティだの個性だのって言葉は散々聞かされていたわけだけれども、そういう言葉が出てくる文脈では、オリジナリティが大事の、オリジナリティを持てのと言われるばかりで、いったいそれがなんなのか、どうしたらそれが持てるのかって話は「七転八倒して掴め」とか「経験を積め」とか、妙に秘儀めいていて、さっぱりピンと来ていなかったのだ。
 で、その霜先生が評論文かなんかの授業の時に、小論文のオリジナリティって話に脱線して、「オリジナリティというのは既存のものをいかに組み合わせるかということだ。その組み合わせ方はどうしたって人それぞれで異なる。そして持っているデータが増えれば、組み合わせの数も増えていく」とかなんとか、それまでの精神論めいたアプローチとはまったく違った話をしてくれた。
 そのときの俺は「おいおい、あんなご大層っぽい響きのあるオリジナリティなるものが、ただの組み合わせなんかでいいのかよ?」と思ったものだったが、霜先生の「大体本当に誰も知らない考えなんか提出しても誰にもわからない。わかる範囲の中での新しさこそ大事だ」という説明にはなるほどねえと納得できた。いまここまで書いてからこれはキャラクター小説だのデータベースだのの話とよく似てるねと気がついたけれど、あの辺のお話をびっくりしないで読めたのは、霜先生のこれがあったからだろうか?

 で、こんな思い出話が枕になってしまったのは、「田舎の刑事の趣味とお仕事」という第三回「ミステリーズ! 新人賞」受賞作品が見事に、この組み合わせの妙でオリジナリティを生み出しているように思われたからだ。
 主人公黒川鈴木は「相棒」で根津甚八水谷豊がやっているようなタイプの巡査部長。話し方は丁寧語。熱血ではなくてクール。役立たずな部下の白石への軽蔑は隠さない。これだけならただの焼き直しだ。この黒川がプライベートでハマっているのが、ネットゲーム「メガロ・オンライン」。ここまででも、まだどっかで見たような話。ところが、この黒川が、オンラインゲームを始めたときに、ひょんなことから女子大生を自称する羽目になり、いまだ女子大生で通しているとなると、つまり根津甚八水谷豊がモニターに向かって一生懸命女の子の振りをしてチャットしてるとなると、どうなんの? って身を乗り出すじゃあないか。さらに、そのゲームに部下の白石が入ってきて、自分の悪口を垂れ流し、むかっ腹が立って仕方ないが、ネット上では女子大生で通しているから、歯軋りするしかないなんて要素が加わったら、「それでそれで?」って思うじゃないか。
 ここまで上げた要素はそれ単体ではひとつも新しいことはないけれど、組み合わされた作品には確かに牽引力が備わっている。
 こりゃあ、凄い上手だよ。
 それから、この組み合わせの妙はストーリー自体にも遺憾なく発揮されている。
 本作で黒川が追いかける事件は、フィクションとしては(ここ無茶苦茶強調しておく)刺激の少ない高級わさび窃盗事件だ。こういう事件を選んだところも上手い。だって、こんな展開だから、当然このアホでお調子者の部下にどうお灸を据えるのかって興味が湧いてくる。だけども、もし殺人事件なんかを扱っていたら、この部下にお灸を据えることより事件解決を優先しろよって話になる。
 ところが、窃盗事件を題材にしたお陰で、黒川の部下いびりがギャグとして機能することになるし、小振りな事件であればこそ、プライベートでネットゲームに興じているのも、抵抗なく読めるわけだ。あったまいい〜と、俺は感心しまくった。無論「ミステリーズ! 新人賞」を取っている以上、ちゃーんと色んなことが伏線にもなっているし、推理もある。その手際の良さにもまた感心した。

 で、わさび盗難事件から始まって、禁猟区での実弾発砲事件、コンビニ強盗、トーテムポール損壊、ストーカー事件と続いていく。時に重めのモチーフがあったりもするが、どれも安心して読め、かつ面白い。この安心して読めるという点については、シリーズ化するにあたって投入された赤木の存在が大きいと思う。主役の黒川と、役立たずの白石に対して、赤木は読者に近い視点を提供する。それ以上に、トリオ編成にしたことで、古畑任三郎のドラマを見るときの文法そのままに読むことができる仕掛けになっている。もちろん、これは悪い意味で言っているわけではない。遠藤周作は「眠狂四郎」の解説で「狂四郎を除く副人物が他の読みなれた大衆小説のおなじみ人物に似ている。」という要素を取りあげ、眠狂四郎に出てくるキャラクターが、「他の大衆小説のおなじみ人物に似ている点も、物語を読みやすくさせている」と、好意的に分析している。俺が「田舎の刑事の趣味とお仕事」を読む間に何度も思い出したのがこの遠藤周作による解説文だった。まんま本作にも当てはまる。
 もちろんこの作品の魅力はそれだけにとどまるものではない。ネタバレになるから、しゃべれなくて残念だけど、最後の二作品は、上記キャラたちの魅力と、ストーリーがしっかり融合していて、おお、こりゃあ面白い! 次も読みたいと思わされた。
 基本的に一個一個のパーツは見たことのあるものだったけれども、組み合わせ方でこんな全体像も描けるんだなあという驚きは、使い古されたたとえではあるが、いちご大福みたいなもんだろうか。とにかく良いシリーズ作品だと思う。売れて欲しいなあ。

 と、満足度がとても高かっただけに、昨年「砂漠を走る船の道(感想)」があまりにも面白くて、「なあこの賞はいつもこんなすげえ作品出るの?」とそっち方面詳しい知人に尋ねたら言下に「そんなことはない」と言われたのが、解せない。方向性は違うけど、この作品も滅茶苦茶面白いし、すげえぞ。「いつも」と「こんな」をつけたのが良くなかったかなあ。っつーことで、他の受賞作品もポツポツ読んでいくつもり。

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おまけ話:霜先生はいまどうしていらっしゃるのかとググってみたら、いまも御活躍のようだったので、なんとなく安心した。

季節講習のテキストには自身が執筆した小説が掲載されているが、これは授業で使用することはない。

http://www32.atwiki.jp/pchira/pages/45.html

 俺の頃にもテキストの最後に自作小説が載っていたなあ。中味はまるきり憶えていないけど。あれは季節講習のテキストだったんだっけか? 記憶では当時は自作解題みたいな授業をやっていたような。

2012/11/28追記

 第二弾も読んだ。書影は書籍版だけども、読んだのはkindle版。相変わらず黒川も白石も赤木も元気。扱うのは死体遺棄事件、ハチミツ窃盗事件、台湾での子どもの誘拐事件、病院内の窃盗事件、猿の殺害事件、産業廃棄物不法投棄事件。舞台が海外だった一編を除くと、毎度毎度黒川と白石のどたばたはリアリティのかけらもない馬鹿らしさで、しかもそれが解決と結びついているのが素敵だ。
 あともうひとつ素敵なのは、黒川と白石の関係だ。台詞だけ取り出すとパワハラにも感じられる黒川だけども、そのじつ、白石に好き勝手なことを言わせているし、きつい突っ込みは入れてもいじめはしていない。白石のほうも黒川の言動に萎縮もしている素振りはない。上司と部下である点を考えるなら、これまたリアリティのかけらもない(ってか、この本の登場人物は誰も彼もそうか)んだけど、読んでいると楽しい気持ちになれる。そういうところは前作よりもパワーアップしたような気がした。
 面白かった。
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