スタニスワフ・レム 深見弾訳『捜査』

捜査 (ハヤカワ文庫 SF 306)
スタニスワフ・レム 深見 弾

4150103062
早川書房 1978-08
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 ロンドンで死体消失事件が何件か続いてて、視点人物のグレゴリイって刑事がそれを追いかける話。殺しがあるわけじゃないので、日常の謎?(たぶん違う) マッド・サイエンティスト風とも名探偵風とも取れそうなシス博士、腹に一物抱えてそうな上司のシェパード、そこはかとなく不気味な大家夫妻などが印象に残った。序盤はなんか静かに怖い。特に以下に引用する、グレゴリイがシェパードの自宅に呼び出されたところとか。

 眼に見えない雨どいから水がしたたりおちる音や、交差点のぬれた舗装の上を風を切って走りぬける車の音をときおり聞きながら、長いこと待たされた。やっと、そして音もなくドアがあいた。シェパードが戸口に立っていた。
「もうきてくれたのか? よかった。ついてきたまえ」
 ホールは真暗だった。さらに家の奥へ進むと、弱い光が筋を引いたように階段を照らしており、階上へ誘っていた。二階の踊り場にあいているドアがあり、小さな部屋に通じていた。グレゴリイは上からなにかに見おろされているのに気づいた――それはなにかの動物の頭蓋骨で、その気味の悪いうつろな眼窩が黄ばんだ骨とくっきりきわだっていた。
 かれはコートをぬいで部屋に入った。霧の中を長いあいだ歩いて目が刺激され、まだ少しちくちくしていた。
「坐りたまえ」
 部屋の中はほとんど光がなかった。デスクの上にランプがあったが、その下にひらいておいてある本だけを照らしていた。その明りが平らなページに反射して壁と天井に映っていた。グレゴリイは立ったままでいた。椅子がひとつしかなかったからだ。
「坐れよ」主任警部がもう一度いった。それには命令するような響きがこもっていた。

 上司がとても謎めいた印象を与えているし、光の描写で闇が濃くなるような気がした。映像にしたら美しいだろうと思った。

 ただ膜引きには不満がある。解説にだって言及されてるんだから喋っちゃってもいいと思うんだけど、謎解きはされるのものの、グレゴリイが真実にたどり着くというような形は取らない。ついでに言うとさまざまなエピソードは回収されずじまいで終わる。だからハヤカワミステリじゃなくてSF扱いなのかなあとも思ったのだった。読み終えて最初に浮かんだ感想は、「で、結局、これはなんだったわけ?」グレゴリイくんにはもうちょっと捜査の中心にいてもらいたかったかな……。