日記

『六〇年安保 メディアにあらわれたイメージ闘争』(大井浩一 勁草書房2010)を読んでいたら、60年6月17日の「七社共同宣言」のくだりで、最高裁長官の田中耕太郎が読売新聞に寄稿していたと書いてあった。

同日の『読売』朝刊二面に載った田中耕太郎 (一八九〇~一九七四)の寄稿「『法の支配』徹底を/民主主義の基本ルール」もまた、共同宣言を「まことに時宜を得ている」と評価したうえで、「望蜀的に感じたことは、事ここに立ちいたらない前に、先見の明をもって五年前からあるいは三年前からでもこれ[暴力の排除] を強調」すべきだったと、この点では「言論機関や一般知識人」の認識の甘さを批判している。現職の最高裁長官だった田中によるこの時期の一般紙上での発言自体、今から見ると驚くが、中身も通り一遍の原則論にとどまらない。「共産主義者と同調者」を指して「彼等にとっては現存する国家と法秩序は、帝国主義に通じる独占資本の産物であり、階級支配の手段にほかならない。(中略)彼等はこの体制[ブルジョア民主主義] の破壊、転覆に全力をあげている。(中略)最近の不幸な事態もこの具体的事例である」と強く非難し、大学教授ら知識人の政治活動についても「ある問題が起こった場合に、それに専門的に関係のない人をもまじえて何十人もの多数が何回かの集会をひらいて討論するというようなやり方が果たして大学にふさわしい「研究」といえるか」と苦言を呈した。p.306-307

笑えるのはこの人、砂川裁判で公判の情報をマッカーサー大使に流してたんだよね(参考https://ja.wikipedia.org/wiki/%25E7%2594%25B0%25E4%25B8%25AD%25E8%2580%2595%25E5%25A4%25AA%25E9%2583%258E?wprov=sfti1#)。そのご褒美で出世もした。この時も指示が出てたんだろうね。この本は安保のときの賛否両論や同時代の出来事を丁寧に拾って、当時の受け止めを探ってみましょうって労作なんだけど、政府が世論作るためにどんだけ金使ってたか、みたいな方面はノーマークなのが残念。砂川判決にも一章割いてるんだし、ここももうちょい色をはっきりさせて紹介すりゃいいのにと思った。情報漏洩の話はこの本出た翌年に機密解除だから書きようがないにせよ、再登場ですよーってコメントは入れるべきだったろう。