田中小実昌『ポロポロ』

ポロポロ (河出文庫)
田中 小実昌

430940717X
河出書房新社 2004-08-05
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by G-ToolsISBN:430940717X
ポロポロ」(田中小実昌著)を読んだ。親本は1979年刊行で第15回谷崎潤一觔賞(ウィキペディア)を受賞。
 表題作の「ポロポロ」は確か高橋源一郎が「文学がこんなにわかっていいかしら?」(1989)で、紹介していたのを読んで、存在を知ったと思うが、以来十年近くを経て、ようやく読むことが出来た。の割に、よー分からなかった。むしろその後ろに連なる戦争体験小説の方が面白かったといえば面白かった。
 全編を通じて作者は物語化してしまう記憶への不信と、物語への抵抗を示している。所収の「寝台の穴」などは、それがもっとも露骨に語られていて、本書の読み方指南になりそうな一遍だ。そのようなスタンスで語られる小説は必然的に悲劇の形を作り得ず、どの作品もそこはかとない楽しさみたいなものが感じられ、画一化された戦争体験を相対化することになるわけだが、これほど戦争は嫌だなあと思わせる作品集も珍しい。なぜかというと、「ああでもないし、こうでもなかった」という語り口で話される戦争という体験は実態としてどのようなものであるか、よーわからんにも関わらず、ひとつだけ確かなことは著者が兵隊をしている間、ずっと下痢をしていたことで、下痢をしながら転戦しなきゃならないのかと思えば、誰も戦地になど行きたくはなく、しかも食糧事情の問題が原因だと言われたなら、内地でも状況が変わらないことも知られ、腹痛が持病の自分などは、それだけで戦争など冗談ではないと思える。
 戦争はやめとこう、ツラいし。とは帯に書かれた言葉で、著者がこの作品集に込めたテーマのうち、それが何番目の主張かは分からないが、戦わなきゃならないと主張する人々への、確実な反論として本書があることは疑えない。どんな大義の下に行われる戦いも、その場に行けば、ただの日常になってしまうし、それはつまり上司が馬鹿で下痢が辛いということなのだ。
 ただ著者の物語を語ることへの罪悪感のような者は、あまり共感しなかった。発表年が77年から79年であることを考えるなら、そういう流行の中で書かれたといえるかもしれないけれど、物語という形式を取らずに何かを語ることは不可能だし、それを打ち消すのだって、物語を否定する物語という書き方でしかないわけで、本書はそういう書き方によって、確かに面白くなってはいるけれど、それだって物語なるものにもたれかかっているから面白いわけで、人間はどうあがこうと物語から逃れることは出来ない。むしろ問題なのはどうとでも語れる物語をどう語るのか、ということになるんじゃないだろうか。まあこんな言い分は後出しじゃんけんみたいなものだし、戦争反対を唱えた人たちの大多数が戦争という物語にもたれかかってお喋舌りをしていたせいで、物語の風化と共に、言葉の効力を失いつつある現状では、本作のようなやり方はひとつの方法として有効だとも思うのだけども。「嘘じゃない」と「本当である」が、必ずしもイコールで結ばれないこと、そしてそれを無理矢理イコールで結んでしまうことが、何かしらゆがみを孕んでしまうこと、それを作者はえぐり出して見せたかったんじゃないだろうか。全くの勘違いかも知れないが。