ティム・オブライエン 村上春樹 訳 ニュークリア・エイジ 

ニュークリア・エイジ (文春文庫)
ティム オブライエン Tim O'Brien 村上 春樹

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文藝春秋 1994-05
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チアリーダーの過激派で、「筋肉のあるモナリザ」のサラ、ナイスガイのラファティー、200ポンドのティナに爆弾狂のオリー、そしてシェルターを掘り続ける「僕」……'60年代の夢と挫折を背負いつつ、核の時代をサヴァイヴする、激しく哀しい青春群像。かれらはどこへ行くのか? フルパワーで書き尽くされた「魂の総合小説」。

 近未来の1995年で穴を掘る主人公が来し方を回想し、現在と過去が平行して語られる青春小説(?)。ナイーブな「僕」ことウィリアムは、小学校の頃から核の恐怖に怯えて、あれこれ周囲とトラブルを起こす。大学では強迫観念に駆られて、「爆弾は実在する」という看板を持ってジッと立ったりする。そのうち仲間がやって来て、なんだか分からないうちにウィリアムは過激派への道へと迷い込んでいた。
 という感じで話は進むんだけども、読みどころはサラのツンデレっぷりだ。というよりこの話、ツンデレ少女が、完膚無きまでに完敗するのを追い続けたストーリーに見えて仕方ない。「私は求められたいの」といいつつ、求めてくれないウィリアムのことがずっと好きなサラ。主人公が他の女を追い求めるときも、わざわざ同行するサラ。あんまりにもこっちを向かない彼にキレたサラの台詞がジンときた。

私だって気位は高いのよ! 私だって、私だって、馬鹿じゃないわよ。あなたの首に私のファイ・ベータ・カッパ(学業成績優秀な学生で構成される、アメリカ最古の友愛組織)のバッジを吊してあげるわよ。ステディーになりましょうよ。お医者が言っていたわ、君はゴージャスな子宮を持っているって。卵巣は手榴弾くらい大きいの。私は母親向きの女なのよ。料理も作れるし、銀行も襲えるし、お金の管理だってできるわ。縫い物もできる。ピックルスの作り方だって知ってるのよ。他に何か要求することがあったら言ってごらんなさいな

 料理も作れるし、銀行も襲える。サラの魂の叫びに対して、ウィリアムはひとことだけしか返さない。

服を着ろよ

 あんまりにも可愛そうだ。
 そうやってツンデレサラを袖にしてウィリアムが選んだのは、奔放な比喩表現を弄ぶ不思議ちゃんボビ。ボビは物語が始まった頃、出て行こうとしている。世の中ってのは、追跡と逃走のサンバだ。そしてウィリアムにとってボビ=自分と折り合ってくれない世界の象徴で、彼はすべてをぶちこわす誘惑にやられかけている。
 世界は自分の思うようなものではない。それをどう受け入れるか、というようなことが、余はいかにしてツンデレを捨て、不思議ちゃんに走ったか? という小説全体のモチーフの脇でこっそりと展開するテーマなんだろうきっと。引用されたイェーツのフレーズも格好いい。

我らは幻影(まぼろし)を心の糧とし、心はそれを食み獣と化した。

 ところで、この本、買ったのはもう十年近く前で、そのときは150ページくらい読んで、それからずっと本棚の肥やし状態だった。んで、今回さすがに何も憶えていないので最初から読んだのだけど、驚いたのは少年時代の回想の親の描き方。頭のおかしなウィリアムを受け入れようとしてぎこちなくなっているところがよく書けているなあと感心した。
 面白かった。