保坂和志『小説の誕生』

小説の誕生
保坂 和志

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新潮社 2006-09-28
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「新潮」の「小説をめぐって」という連載をまとめた第2弾。連載はまだ継続中らしく、これより前の部分は「小説の自由」(amazon)というタイトルで書籍化されている。
 引用された本の数々がなんとも魅力的に映るところは高橋源一郎の評論に似ている。が、方向性はかなり違うので、本の魅力の引き出し方はいろいろだ。
 保坂は小説について考えると言っているけれど、これはむしろ理想の小説を夢見ているような感じ、あるいは小説の神学を考案しようとしているような感じを受ける。分析よりも神秘化へ舵を取ることで、獲得される何かを打ち立てようとするというか。もっとも著者はそんなことしてねーよと言うだろうけど。でも印象としてそんな気がした。
 なので、文学を信仰する人には福音みたいなものにもなるだろうし、そうじゃない人にはちんぷんかんぷんということもありえそう。自分は胡散くさ、と思いつつ、ちょっと気になるって感じ。
 12章の「人間の意図をこえたもの」とかは読んでるときに、すっげー面白いと思ったはずで、そこを引用しようと考えていたのだけど、いま見直したらどこがそんなに面白かったのか分からない。不思議だ。
 代わりに13章「力と光の波のように」から人間の中に宿る「諸力」の具体例っぽく書かれているエピソードを引いておこう。著者の被ストーカー体験の話。といっても書かれている内容だけであるなら、そんな激しいストーカーではない。ある女性が半年近くに渡って、二日に三通の頻度で手紙を送ってくる。彼女は脳内保坂との対話をしていて、その対話の印象的なところを手紙にして送ってきていたのだが、彼女の読む本はどういうわけか、たいてい保坂のそのとき読んでいたものと一致していた。
 もうひとりのストーカーは、ホームページの運営者のところにメールや写真を送りつけたり、電話攻勢をかけたりした人で、ある日どばっと領収書の束が送られてきて、それはまさにそのとき保坂の欲しいものだった。著者は問う。「どうしてそんなことがわかったのか?」自分で答える「どうしても何も、わかるものなのだ。」

二人とも精神科の通院歴があり、制度化された肉体を破って"諸力"が力を揮い出せば、それぐらいのことは簡単に起こると言うことを証明している。しかしあいにく、現在の私たちはそれを説明する言葉を持っていない。現在どころかこの"諸力"は今後も決して説明されないだろう。"諸力"は制度化されざる力なのだから。

 あー、引用したら思い出した。「人間の意図をこえたもの」の章にこんなことが書いてあったんだった。

最近はテレビのニュースでも殺人事件が起こると、「警察は×××が×××したことを原因と見て、動機の裏付けの最中」という風に、動機=因果関係が証明されれば事件が説明されるような報道をしているが、動機を抱えている人間はいくらでもいるが現実の行為をしてしまう人間はほとんどいないわけで、その行為の説明しがたさは小説が小説として生成する瞬間の説明しがたさとひじょうに似ている(が、小説は現実の行為のように単純ではない)。

 考えてみたら、下の引用を読んで、ふーんと思って、上の引用エピソードのところで「精神科の通院歴があり」に引っかかったんだった。他のところを貫かれている、硬直した言葉=思考批判に対して、上のエピソードで採用されたストーカーっていう乱暴な単語*1や、偶然を「二人とも精神科の通院歴があり、制度化された肉体を破って"諸力"が力を揮い出」すっていう物語にしてしまうところなんかは、著者のダブルスタンダードを暴露するなあと思ったんだった。もちろんだから本書や著者の主張はダメというつもりはないんだけど。
 硬直した思考を批判するという目論見は、絶対に硬直した部分を抱えてしまう人間の脳みそとの相性がよくないんだろう。たぶん次も読む。

関連書籍:
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 コンパクトになってはいるけれど、言っていることはあまり変わらないので、こちらを読んで面白かったら、「小説の自由」とか「小説の誕生」に手を出すのもいいかもしれない。

9月20日追記

*1:ストーカー犯罪を擁護するつもりはなくて、ただこういう使用法は「される方が迷惑と考えれば全部同一カテゴリー」って発想を導くからよくないんじゃないかと思う。