宮内悠介「星間野球」

雑誌『小説野生時代』最新号の別冊付録『野生時代読切文庫』所収作品。

 著者は昨年デビュー作の連作短編集『盤上の夜(amazon)』がいきなり直木賞候補になった人*1。この本は囲碁やらチェッカーやら麻雀やらチャトランガやら将棋やらといった盤上遊戯とSFを融合させるという、これだけ聞いたらなんのことやらというコンセプトの本で、超面白かった。うち麻雀篇はこちらで、チャトランガ篇はこちらで読める。
 すでに読み終えた人にとっては言わずもがなのことではあるけれど、どの話もボードゲームという形の異世界に読者を誘うようになっている。盤のうえでだけ成立する煎じ詰めた人間の感情が、語り手であるルポライターの骨太な声で描かれていく。誰も書いたことのない設定(物語要素の組み合わせ方)+今や滅多に書かれない真剣な(もちろん「深刻な」ではない)物語。乱暴にまとめれば、そうした作品が並んでいる。惜しむらくは作品数がたったの六本しかないことだ。盤上遊戯という異世界観光はほんの数時間で終わってしまう。『盤上の夜』を読んだ人のなかには、おれと同じく、そうした感想を持っている人も多いに違いない。
 そんなところに朗報が飛び込んできた。『小説野生時代』に新作が掲載されたという著者のフェイスブックでの告知がこうなっていたのだ。

地球帰還を賭け、運命の対決に臨む野郎二人。サイコロ? カード? 子供じゃないんだ。ここは黙って野球盤で。

http://www.facebook.com/YusukeMiyauchi.Author

 すごい変化球だったし、出版社も違うが、こいつは『盤上の夜』のシリーズの遠縁に違いない。地球帰還とか書いてあるから、きっとSFだし、野球盤は盤上遊戯というかボードゲームには違いない。っていうか、これまでに題材になったゲームは先行作品がだいたいあるはずだけど、今回選ばれた題材、野球盤が小説の素材になったことなんて、これまでにあったんだろうか? あるいはこれは史上初の野球盤小説なのではあるまいか*2
 こいつは読まねばなるまい。
 ということで、本屋に走った。

野球盤――野球を題材とした盤上遊技。野球のグラウンドを模したボード上で、守備側はレバーを使って金属球を投げ、攻撃側はバネ仕掛けによってバットを振る。磁石が仕込まれており、カーブやシュートを投げ分けることができる。打球が盤上のどの穴に落ちるかによって、ヒットやアウトの判定がなされる。

 最初にモチーフに使うゲームの梗概を記した例の記述を読んだとき、なんだか映画版で復活したちょっとまえのドラマを見に行ったみたいな気分になった。映画館で『踊る!大捜査線』のテーマを聴いたような気持ちっていうの?

 さて、舞台はとある宇宙ステーション。テクノロジーの進歩はもはや宇宙でやるような作業をほとんど必要とせず、宇宙に置かれているものはこの一基だけ。そしてそこにいる人間は、杉村とマイケル。一年間、ふたりは主に保守管理業務を行ってきた。ある日、ふたりは半世紀以上も宇宙を漂っていた人工衛星を回収する。中身はタイムカプセル。手紙や記念品のたぐいに混じって、古い、プラスチック製の野球盤が出てくる。杉村がマイケルに野球盤の使い方を教えると、マイケルは、
「これを使って決めちまわないか?」
 と言う。じつはふたりのあいだには決めかねている問題があった。一週間後に、ステーションには補充人員がひとりやって来る。結果、ふたりのうち、どちらか片方だけが、地球へ帰還することになるのだが、互いに譲れない事情を抱えていた。日頃、仲の良い相棒同士だけに、どちらが帰還するかは自分たちで決めたいと地球側には告げてあったものの、どうやって決めたものか、考えあぐねていたのだ。
 そこに表れたのが、プラスチック製の野球盤。「考えようによっては、天の配剤とも言えることだった」。
 杉村が同意し、地球への帰還権をかけた、試合が始まる。

「まあ、お遊びだからな」とマイケルが言った。「せっかくだし、楽しもうぜ」
「そうだな」

「おい」と杉村が苦笑する。「いま、なんか本気出さなかったか?」

お遊びとは言っても、これくらいはやらなきゃな

「ははは」
「ははは」
 二人は笑ったが、どちらも目は笑っていなかった。

消える魔球といってな、昔、日本の星飛雄馬というピッチャーが投げたボールなんだ

「やっぱり、ベースボールはフェアプレーじゃなきゃな」
「うん。野球というゲームは、紳士のスポーツだからね」
 まったく本心ではなかったが、二人はそう言って満足した。

「やっぱり騙される方が悪いんじゃないか?」

「なんだこりゃあ!」
「どうかしたのかい」と杉村が涼しい顔で応える。

 こんな感じに試合は進む。
 引用した部分ではわからないと思うが、この試合の場面では宇宙ステーションという条件が十分に活用されている。なにせ○が○○○○○になったり、○○○○○○○○○を利用したりで、野球盤にこんな戦術を用いたプレーヤーはかつてひとりもいなかったと断言できる。ふたりとももうちょっと真面目にやれ。
 これはおそらくは史上初の野球盤小説ではあると思うが、それだけでなく、やはりSFでもあり、世界初の野球盤SF小説だと断言してもいいだろう。今後世に野球盤小説というジャンルが形成されれば(想像しにくいけど)、常に「史上初の野球盤小説は星間野球だった」と論じられることになるはずである。「モルグ街」リアルタイムで読んだみたいなもんで、めったに体験できない読書をしているなあという気分が読んでいるあいだに何度か感じられた。将来的には「野球盤資料館」にも掲載されるにちがいない*3
 逆に『盤上の夜』を読んだ人たちは、この引用部分だけで、『盤上の夜』とトーンが違うことに気づくだろう。本作は同所収録の諸作と較べると、空気が軽い。どちらかと言えば、星雲賞日本短編部門候補になった「スペース金融道」(『NOVA 5---書き下ろし日本SFコレクション』( amazon)所収)に近い。『盤上の夜』の重厚感を求める向きには食い足りないところがあるかもしれないが、読んで愉快になれる話を求める人には強くお勧めしたい。ユーモアあふれるやり取りや、とぼけた味わいは、この作者のもう一つの武器であり、こちらのセンスにしても、あまり似たような路線を行く作家はいないように思われるからだ。
 ところで、エポック社の出したこの手のゲームはおれが覚えているだけでもあとサッカーとアイスホッケーがあったはずだ。もしかして『盤上の夜』スピンオフみたいに考えていたら、エポック社三部作の第一弾とかいう位置づけになっていたりして……。やりようはない気がするけど、今日の今日まで野球盤だって小説になるなんて考えたことなかっただけに、油断はできない。

小説 野性時代 第109号 KADOKAWA文芸MOOK 62332‐12
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超どうでもいいおまけ。本作品を読んでいて思い出したこと。
 野球盤と言えば、ロングセラーの商品で、おれもご多分に漏れず、ガキの頃、家においてあった。たぶん「パーフェクト野球盤A型」ってやつ。野球盤を極めたいによると、現在の野球盤のストライク/ボールの判定は、

野球盤でのストライク・ボール判定は、「キャッチャーポケット」の位置で決まります。ピッチャーから投げられたボールが真ん中のキャッチャーポケットに入った場合はストライク、それ以外はボールとなります。

 なのだそうだが、パーフェクト野球盤ではキャッチャーポケットの区切りがなかった。当時の説明書にもたぶん、「真ん中のポケット」ではなく、「ポケットに入ればストライク(消える魔球は振らなきゃボール)」と書いてあったと記憶している。
 で、当時、この記述があったせいで、弟がキレたことがあった。超スローボールを投げて、ボールが磁石に引っ張られて、加速したときに、変化球のレバーをめいっぱいカーブに入れると、ボールはあらぬ方向へ転がっていき、左バッターボックスの真ん中近くを通過したあと、壁にぶつかり、ころころとキャッチャーポケットに入ることを、おれが発見してしまったからだ。パーフェクトゲーム目指していたが、その途中で試合は中断されたのだった。以後、弟は左打席を選択することが増えた。なぜか逆側へ同じ玉を投げてもキャッチャーポケットに到達しなかった。昭和の思い出である。

追記2013/07/03 昨日気がついたんだけど、年間日本SF傑作選の『極光星群』に「星間野球」が収録されていた。雑誌掲載時に読み逃した人は読むべしである。間違いなく楽しめるから。

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追記2018/02/21
上記のアンソロジーが品切れになっちゃったなあと思っていたら、著者初の自選短編集『超動く家にて』が発売になり、「星間野球」も収録されていた。

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*1:この記事書いたあと、同書は日本SF大賞を受賞した

*2:俺がもの知らないだけかと思って、ウィキペディア野球盤」の項目を見たが、小説作品の掲載はなかった。

*3:本ブログ執筆者は時折、適当なことを書きます。