梓崎優 砂漠を走る船の道 市井豊 聴き屋の芸術学部祭

 第五回ミステリーズ!新人賞受賞作品。この賞、今回から審査員に辻真先が加わるということで、いったいどんな作品を辻先生は選ぶんじゃろ? という興味で初めて雑誌「ミステリーズ!」を買った。

 全会一致、文句なしの受賞作が出た。
 梓崎優「砂漠を走る船の道」である。
 原稿を一読して、これは素晴らしいと快哉を叫んだ。傑作! である。しかも、紛うかたなき本格ミステリの。
 サハラ砂漠を渡る現地人のキャラバンに取材同行する日本人記者。その視点で物語は進んでいく。ラクダたちを率いて物資を運び、目的の集落でそれを岩塩と交換して帰途につく。そんな一行を突然の悲劇が襲い、物語後半は一種のクローズドサークル物とも云える連続殺人劇に……

 引用は綾辻行人の選評から。あらすじはそんな感じ。へんなこと書くとネタバレ直結になりかねないので、これ以上触れられない気がするから、読んでいるときの心内文を書き連ねてみる。

 選評を読んだところで:げ、外国ものかよ。あーでも砂漠で殺人事件ってクローズドサークルちゃあそうだねえ。
 本編突入後:
 おー、砂漠砂漠。ラクラクダ。ターバンターバン。
 あー、日本人がこんなとこにいる理由はこれかあ。ってか、多すぎじゃね?
 事件まだー?
 あ、始まった。おー連続殺人。
 ってか犯人あいつじゃね、と思わせるのが狙いならあいつじゃないから誰だろ、あのへんとかあのへんとか伏線かねえ
 なんといきなり真相!っつーか、上手いわ、この場面。
 どうなんのどうなんの?
 おおおおおおおお!
 うひょー♪
 読了。

 やばい、すごい面白かったよ。選評読んだときは「いくらなんでもあんたふかしすぎじゃねーの?」と斜に構えていたんだけど、驚いたことに嘘じゃない。綾辻評は傑作、しかも本格ミステリって言っていて、まあたぶんそうなんだろう。しかし俺はそれにもういっこ付け加えたい。それは本作の読後感が、明るいということだ。愉快と言っても良い。謎が解けたスッキリというのとは微妙に違う、晴れた空の下感みたいなものがあった。楽しかったのだ。こういう読後感は珍しい。この読後感が作風なのか、本作のみなのか分からないが、作風なんだったら次も読みたいなあ。

 ついでにと言っては失礼なんだけど、佳作になった市井豊「聴き屋の芸術学部祭」も読んだ。こっちは有栖川有栖の選評を引いておく。

「聴き屋の芸術学部祭」もよくできている。大学の芸術学部祭で発生した怪事件(殺人と放火)を扱った青春ミステリ風の一編で、大技小技、仕掛けがいっぱいなのが頼もしい。他人から相談を持ち込まれる聴き屋(語り手)をはじめ、キャラクターの造形も及第点で、シリーズ化すれば、さらによくなりそうだ。

 こっちはオーソドックスな短篇で、解決編のインパクトではやはり「砂漠を〜」に一歩譲る気がした。審査員は触れていないけれど、この語り手の設定は「1973年のピンボール」の冒頭から引っ張ったんじゃなかろうか。「1973年のピンボール」はこんな風に始まる。

 見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった。
 一時期、十年も昔のことだが、手あたり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の話を聞いてまわったことがある。他人の話を進んで聞くというタイプの人間が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もが親切にそして熱心に語ってくれた。見ず知らずの人間が何処かで僕の噂を聞きつけ、わざわざ話しにやって来たりもした。
 彼らはまるで枯れた井戸に石でも放りこむように僕に向かって実に様々な話を語り、そして語り終えると一様に満足して帰っていった。あるものは気持ちよさそうにしゃべり、あるものは腹を立てながらしゃべった。実に要領良くしゃべってくれるものもいれば、始めから終わりまでさっぱりわけのわからぬといった話もあった。退屈な話があり、涙を誘うもの哀しい話があり、冗談半分の出鱈目があった。それでも僕は能力の許す限り真剣に、彼らの話に耳を傾けた。

 この主人公に肩書きをつけるとしたら、やっぱり聴き屋ではないかと。全然関係ないかも知れないし、関係があったらなんだっていうんだと言われたら、なんだろうって感じではあるけれど。有栖川の評にもあるように、舞台になっている学校はけったいなキャラが多そうなので、シリーズ化されたら楽しそうだ。全体のテンポとか書き方はこっちの方が好みだったかも。結論がブラフでその向こうがある長篇だったらひっくり返ったような気がする。

 で、二作読んでもっとも驚いたのは選評がまるっきり過大広告してないというところ。誉めるところがしっかりある作品に恵まれたということだろうけれど、この誠実さは驚きに値すると思う。
 辻真先の選評のしめの言葉にもなんのてらいもなく頷くことができた。

それにしても、この水準の候補作が毎年目白押しというなら、一読者として先が楽しみにである。どうか次の機会にも、目いっぱい楽しませてほしい。

 一年経ってもまだ忘れていなかったら、来年の今頃にもこの雑誌を買っている気がする。


ミステリーズ! vol.31(OCTOBER2008) (31)

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